退屈極まりない授業がようやく終わり、ブレザーの制服を着ている癖のない髪をロングにしている少女……霧山麗亜(きりやま・れあ)は体を大きく伸ばした。
学校になど通う必要を感じない麗亜だが、詩亜(しあ)がどうしても通いたいと言うので、仕方なしに麗亜も通っていた。
学校内では、霧山姉妹は怪しいのでは? という噂が流れている。
麗亜と詩亜は常にベタベタとしている。詩亜は麗亜のそばに必ずいて、麗亜もそんな詩亜を手元から離そうとしない。
そんな双子姉妹を見ていれば、『2人は近親相姦なレズなのでは?』という噂が流れて当然であろう。
麗亜はそんな噂は別に気にしない(詩亜の方は少し気にしているようであるが)。本当のことだから、気にしない。
それに麗亜は男という生き物を馬鹿でクズだと思っている。だから、男を恋人にしようなどとは思っていない。
詩亜の方は男性恐怖症で、まともに男と話をすることもできない有様だ。男と付き合うなど、もってのほかであった。
教室から出て昇降口に向かう霧山姉妹は、「あの」と声をかけられた。
声が聞こえた方に顔を向けると、そこには1人の男子生徒がいた。手には白い封筒を持っている。
「霧山詩亜さん、これを受け取ってもらえますか」
男子生徒は緊張した面もちで、封筒を差し出す。今どき珍しいかもしれない、紙のラブレター。
詩亜はサッと麗亜の陰に隠れてしまう。
そして麗亜の方は、詩亜をかばうような姿勢をとる。自分の大切な人形を、男の手で汚されたくない……そう言っているかのようだ。
「詩亜になんの用?」
鋭い視線を向けながら、麗亜はトゲのある口調で男子生徒に問う。
「いや、これを読んでほしいと思って」
用があるのは詩亜。麗亜に用はない……そんな感情を顔に浮かべて男子生徒は言う。
麗亜は小さく鼻を鳴らすと、男子生徒の手から封筒をひったくる。そして、
「あんた、鏡って見たことある? 自分の顔、知っている? 詩亜と釣り合わないわよ」
男子生徒の目の前で封筒を引き裂く。
「な、なにをするんだっ!?」
麗亜に掴みかかろうとする男子生徒。
その手首を、麗亜の華奢(きゃしゃ)な手がガシッと掴む。そして親指で手首にあるツボを押すと、男子生徒の体からガクンッと力が抜けた。
「けがらわしい男が、あたしの詩亜に近づくな。詩亜に触れていいのは、あたしだけよ」
そして足払いを放つ。少年は無様に、その場に尻もちをついてしまう。
「また詩音に近づいてみなさい……」
麗亜のつま先が、うなりを上げて男子生徒の顎をかする。
テコの原理で脳に大きな衝撃を受けたた男子生徒は、その場に倒れてしまう。麗亜がそれを冷たく見下ろす。
周囲にいる生徒は、なにごとかと視線を送った。だが、騒ぎの元が霧山麗亜だと知ると見て見ぬフリをした。
皆、麗亜のことを恐れている。
「あんたの人生、その時点でピリオドだと思いなさい」
気絶寸前の男子生徒に冷たい口調で言い放ち、麗亜は双子の妹の肩を抱いて、その場から去っていった。
双子姉妹の姿が見えなくなるのを確認し、何人かの生徒が彼に駆け寄る。
「お前、馬鹿だな。霧山なんかに手を出そうとするから、こんな目に遭うんだ」
彼を助けながら、友人である生徒が言う。
麗亜に馬鹿にされた男子生徒は「ちくしょう」と小さく吐き捨てる。
「あいつ……許さない……」
◇◇◇
「私はあなたに、最高にして最強の力を与えたわ」
創造主である銀髪の少女は、リオにそう告げた。
「でもね、1人でできることは、たかが知れているわ」
だから、と続ける。
「仲間を見つけなさい。その仲間とも接しなさい。そうすればリオ、あなたはあなたの中の感情に気づくはずよ。自分は人間が好きなのかどうか、という感情にね」
第2ボタンまで開けた水色の開襟シャツに白のジーパンという姿のリオは、とある高校の前に来ていた。
一部の金持ちだけが通えるような高校だ。
少年のような顔とプロポーションを持つ美少女リオは、ライディング・グラスを下にズラして校舎を一見し、それから辺りを見回した。
下校する大勢の生徒の姿が視界に入る。
「生徒の数が多い……ここにいるのか」
小さく溜め息をつき、リオはライディング・グラスをかけ直す。
出直そうと思いネイキッドタイプのバイクにまたがろうとしたとき、
「ねえ、キミ」
とリオは声をかけられた。
声をかけたのは、1人の男子生徒。美しい容貌のリオに興味を抱いたのだろう。
「誰か探しているのかい? よかったら、僕が探すの手伝ってあげようか?」
開襟シャツの第2ボタンまで外しているリオの胸元と美貌に交互に視線を向けながら、その男子生徒は言う。
そんな彼に、リオは『やれやれ』と心の中で溜め息をつく。
「悪いけど、そういうのに興味はないんだ」
バイクのシートにまたがったリオは、下心を見透かされて憮然としている男子生徒を残して走り去った。
バイクのエンジン音が消えかかった頃、入れ違いのように校門から出てくる2人の女子生徒がいた。
それは麗亜と詩亜の双子姉妹であった。
◇◇◇
適当に街をブラブラした後、霧山姉妹はある場所に足を運んだ。
繁華街の端、地下にあるクラブ。麗亜が暇つぶしに統一した不良グループの溜まり場となっているクラブである。
詩亜と肩を並べてカウンターに座って食事をとっていると、
「麗亜さん」
と不良少年の1人が声をかけてきた。
「ちょっといいですか?」
その不良少年は、詩亜の方には近づかない。そんなことをしたら、麗亜に何をされるか分かったものではない。それを知っているからだ。
「んー、なによ?」
興味がなさそうな反応の麗亜。それでも少年は彼女に告げる。
「お2人のことをアレコレ探っている奴がいるようですよ。それも複数」
それを聞くと、麗亜の顔に少しだけ興味がありそうな色が浮かんだ。
麗亜は常に、退屈している。何をしても、そつなくこなせる麗亜。人生に張り合いというものを感じていない。
ゆえに、常に何か刺激を求めていた。
だから少しでも刺激を得るために不良グループにケンカを売り、自分の傘下に収めていった。
そんなことでも、多少の暇つぶしや退屈しのぎにはなる。
なので、ケンカを売ってくるような相手は大歓迎であった。
「どんな連中なの?」
不良少年にそう聞く姉を見て、詩亜は彼女に気づかれないように小さく溜め息をつく。
姉の麗亜と違い、詩亜は自分が持つ特殊な能力をあまり好きではない。姉が必要だと思ってくれていても、あまり使いたくはなかった。
特にケンカのために、人に対して使うのを好んでいない。抵抗がある。
それが最愛の……自分の分身とも言える姉のためであったとしてもだ。
「そいつはまだ不明です。調べましょうか?」
「いいわ。待っていれば、向こうから来るでしょう」
そう言って麗亜はスツールから立ち上がる。
「ボディーガードつけましょうか、麗亜さん?」
「いらないわよ。あんたら10人より、あたし1人の方が強いってことは知っているでしょう」
麗亜に声をかけた不良少年は無論のこと、それを知っていた。麗亜は1人で何10人もの敵を倒せる力を持っている。ボディーガードなど不要だろう。
一応『リーダーのことを心配している手下』という態度を見せておきたかっただけのことだ。点数稼ぎである。
「帰るわよ、詩亜」
朝まで喧噪が絶えることのないクラブを早々に出ると、麗亜と詩亜の双子姉妹はブラブラと歩きながら家路をたどった。
その途中、自宅であるマンションに近づいた頃、麗亜は自分たちが何者かに尾行されていることに気づいた。
1人ではない。複数の者が尾行をしている。
「お姉さま……」
心配そうな顔の妹に、麗亜は『分かっている』という顔で小さく頷(うなず)く。
詩亜の特殊な能力……それは、自分や自分の身近な人間に迫る危険を感知するというもの。
ある種の予知能力だ。
その能力が、危険を察知したのであった。
双子姉妹は足を止める。麗亜は詩亜を護る姿勢をとって口を開いた。
「出てきて姿を見せたらどう?」
麗亜のその言葉に答えるように、物陰から男たちが姿を見せた。
スーツ姿の、6人の男。そのうち3人の顔には、生気というものが感じられなかった。
感情というものもなく、まるで死人のようである。
男たちの姿を見た麗亜は、意外そうな表情を顔に浮かべた。
てっきり不良グループが……つまり、自分たちと同じ子どもが狙っているのだとばかり思っていた。
まさか大人だったとは、思いもしなかったことだ。
不良グループを利用したいと考えているヤクザかなにかなのか? と麗亜は思った。
少なくとも、警察関係者には見えない。
「霧山麗亜と詩亜だな?」
リーダー格らしい、サングラスをかけた男が問う。
麗亜は自分の学生鞄を詩亜に渡しながら、「そうよ」と頷く。
「特に恨みがある、というわけじゃない。が、上からの命令でな。死んでもらう」
「あんたらが何者かは知らないけど、死ねと言われて『はい、そうですか』なんて答える馬鹿はいないわよ。それに、あたしたちは、そう簡単には殺せないわよ」
身構えながら言う麗亜。我流ではあるが、彼女は格闘術の達人だ。
ネットでさまざまな格闘術の流派を調べ、多対一でも勝てるような格闘術を編み出した。
大人が相手も、たかが6人程度なら敵ではない。
それに、いざとなったら特殊能力を発動させればいいだけのこと。
「殺せるさ。そのための、我々だ」
リーダー格の男が「行け」と命じると、生気が感じられない3人の男が同時に麗亜に襲いかかる。
麗亜は詩亜を危険から遠ざけるために、数歩前に出た。
3人の男は、手に大型のナイフを握っていた。
その中の1人が、鋭くナイフを麗亜に向かって突き出す。麗亜は上半身を軽くひねったけでナイフの一撃をかわす。
かわすのと同時に、男の肘に向かって左のアッパーを放つ。肘の骨を砕かれて、男の手からナイフが落ちる。
肘の骨を砕かれたというのに、男の顔には苦痛の色が少しも浮かんでいなかった。
いたって無表情のままだ。
麗亜は構わず、ハイキックを放つ。スカートの丈は短くて、ハイキックどころか、ちょっと脚を上げた程度でもショーツが見えてしまう。
だが麗亜は気にしない。
彼女のハイキックを頭に食らった男は、そのまま倒れる。
同時に、2人の男が左右から麗亜に迫った。
(お姉さま、右!)
麗亜の頭の中に、詩亜の声が響く。
その声に従い、麗亜は右から迫ってくる男に向かって回し蹴りを放った。男の手から、ナイフが叩き落とされる。
麗亜はそのまま、男の脳天を狙って踵落としを放った。脳天に強烈な一撃を受け、男は倒れる。
その直後、左から迫ってきたナイフは上半身を後ろに反らしてかわす。
かわした姿勢のまま足払いを放ち、男を倒す。あお向けに倒れた男の胸に蹴りを叩き込み、とどめを刺す。
戦闘開始からたったの数10秒で、3人の男は行動不能におちいった。
「はんっ! だらしないわね!」
倒した3人を冷たく見回しながら、麗亜は言う。
「さすがに強いな。使い捨ての戦闘工作員程度では、勝てないか」
リーダー格の男も麗亜同様に、冷たい視線を倒された3人の男に向けた。
すると、その視線の先で3人の体が突然、ドロドロに溶けだし始めた。それを見て、気の弱い詩亜は悲鳴を上げる。
麗亜は驚きで目を見開き、
「人間じゃない?」
その様子を凝視した。
「お、お姉さま……その人たちも違う……人間じゃない」
詩亜が今にも消えてしまいそうな声で、残った3人の男を見ながら言う。
彼女の能力が、男たちから危険を感じ取ったのだ。
双子の視線の先で、残った3人の肉体に変化が生じる。
体が脈動して一回り大きくなり、スーツが内側から弾けた。
露わになった皮膚は、あきらかに人間のものとは異なっていた。瞬時に3人の男は、異形の獣人に変化する。
リーダー格は蜘蛛人間、残りの2人はアリとカマキリの獣人だ。
「なんだか知らないけど……楽しめそうね」
麗亜の顔に、恐れや怯えの色はない。浮かんでいるのは不適な笑みであった。
そんな麗亜は、左手に意識を集中させる。
左の手のひらが、ポウッとしたほのかな光に包まれた。
光は大きくなり、何かの形をとり、そして実体化する。
麗亜の左手には、大型のショットガン……ベネリM4が握られていた。
これが麗亜の特殊能力だ。精神エネルギーを物質化させ、イメージした武器を生み出すことができる能力。
精神エネルギーが物質化したベネリM4を構え、
「かかってきなさい!」
麗亜は獣人たちに向かって言い放った。
アリ獣人が麗亜に向かって駆ける。
麗亜はアリ獣人に銃口を向け、トリガーを引いた。銃口から放たれたのはスラグ(一粒)弾だ。
アリ獣人の肩に、それが直撃する。うめきを上げて衝撃で大きくよろめいた獣人に、スラグ弾が容赦なく連続して命中した。
体中の肉をこそぎ落とされ、アリ獣人は倒れてピクピクと痙攣した後、すぐに動かなくなる。
(お姉さま、後ろに跳んで!)
頭の中に響く詩亜の声に従い、麗亜は後ろに跳ぶ。
今まで立っていた場所を、カマキリ獣人の手の甲から生える鎌状の突起が通り過ぎた。
完全には避けきれなかった。鎌状の突起に触れてしまった麗亜のブレザーと、その下のブラウスが斬り裂かれる。
大きく縦に裂けた麗亜のブラウス。その裂け目から、小ぶりだが形のいい乳房を覆うライムグリーンのブラジャーが露わになっていた。
直後、ライムグリーンのブラジャーの中央が裂け、カップが左右バラバラになる。
可愛らしいピンク色の乳首で飾られた乳房がむき出しになった。
麗亜のむき出しになった乳房を見て、表情など浮かぶとは思えないカマキリ獣人の顔に、いやらしい笑みが浮かんだ。見る者をゾッとさせるような笑み。
乳房を見られることを、麗亜は気にしない。気にせず、斬り裂かれたブラウスを指でもてあそぶ。
「やるじゃない。服と下着だけとはいえ、あたしを傷つけた奴は、あんたが初めてよ」
カマキリ獣人は、今度はスカートを狙って鎌状の突起が生える腕を振る。
麗亜はベネリM4を瞬時に両刃の長剣に変化させ、鎌状の突起を受け止めた。
「あら、見たいの? なら……遠慮せずにどうぞっ!」
言いながら右のハイキックを放つ麗亜。短いスカートが派手にひるがえり、ライムグリーンのショーツが顔を覗かせる。
うなりを上げる麗亜のつま先を、カマキリ獣人は余裕で避けた。
「おい、そっちは任せたぞ!」
麗亜のことはカマキリ獣人に任せ、蜘蛛の獣人は詩亜に向かって走る。
姉のサポートに徹していた詩亜は、突然のことにまったく動けなかった。ただ自分に迫る危険を感知したのか、走り寄る異形の姿を見て、「ひっ」と恐怖で顔をひきつらせた。
「詩亜っ!」
麗亜の悲痛な叫びが響く。妹から離れたのは失敗だった。急いで詩亜の元に戻ろうとするが、カマキリの獣人がそれを邪魔する。
詩亜は恐怖で動けない。仮に動けたとしても麗亜と違い、異形の獣人の攻撃を避けるなどという芸当は詩亜には不可能だろう。
「いやあっ!」
詩亜はやっとのことで悲鳴を上げることができた。だが、それだけだ。
蜘蛛の獣人は、詩亜まで残り1歩というところまで迫ってきていた。逃げることなど、できそうになかった。
蜘蛛獣人の6本ある手のうち1本が、詩亜の首に伸びる。
獣人の手が詩亜の白い首を掴む……かと思われたとき、異変が起こった。
詩亜と獣人を、強烈なライトの光が照らしだした。