反逆の天使たち

第2話

護堂アオイ2020/09/16 09:44
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 大地震が、世界で同時に起きた。

 死者の数は数年が経過した現在でも、正確には出ていない。

 大陸は大幅に形が変化し、小さな島国は完全に水没して世界地図からその姿を消した。

 被害はそれだけではない。

 ポールシフト……その大地震によって地軸が移動し、赤道の移動によって世界規模の異常気象が発生して、赤道付近以外は『永遠に春が来ない冬』に覆われることとなった。

 ただし日本は運がよかった。

 それなりのダメージを受けたものの被害は小さく(小島がいくつか水没してしまったとか、山の形が変化してしまった程度のダメージ)、赤道が近くに移動してきたことで『永遠の春』が約束された地となった。

 気がつけば、日本は世界で一番裕福な国となっていた。

 同時に、不法入国者がやたらと多い国にもなっていた。

 冬しかない国を捨てて、常春の国に来たがる人間が後を絶たない状態だ。

「それは私が日本という国にいたからよ」

 日本が大したダメージを受けなかった……幸運だった理由を、リオの創造主である銀髪の少女は教えた。

「まあ、それだけじゃないんだけど、理由の1つではあるわ」

 世界で同時に発生した大地震は、自然現象ではない。意図的に起こされたものだ。

 だが、それを知る者は少ない。

 リオの創造主である銀髪の少女は、その数少ない真実を知る者の1人だ。

「日本には、私みたいに特別な魂を持つ人間が多くいたのよ」

 MITをわずか10歳という年齢で首席卒業した超天才であるリオの創造主は、自分の中に【神の子を産んだ聖母】の魂があることを告げた。

「自覚はないんだけどね」

 自嘲気味に肩をすくめる少女。

 彼女にとっては、そんなことは『どうでもいい』ことのようだ。

「他にも天使因子を持つ者が多くいるというのもあるわ」

 天使因子……それは天才を生み出すための、特殊な因子である。

 過去にさまざまな偉業を遂げて偉人と呼ばれるようになった人間たちは皆、その天使因子を持っていたという。

「天使因子は元々、神が自分の創った世界をよくするために地上にばらまいたものらしいわ」

 本来なら天使因子は一代限りで消滅するはずだったらしい。だが、消滅はしなかった。

 消滅しなかった理由は不明とのことだ。

 突然変異の可能性があるが、なんとも言えないらしい。

「天使因子が一代限りで消滅しなかった……それは神の予定や計画にはなかったこと。けど、世界がよりよくなるのなら、と神は放っておいたのよ」

 でもね、とリオの創造主は続ける。

「それは間違いだった。交配というものを続けていくうちに、天使因子は変化していった。成長や進化した、と言い換えてもいいわね」

 その結果どうなったのか?

 神の予想から外れた進化をした人間が生まれたのだ。神の予想以上の科学力や技術力を人間は持ったのだ。

「そして神は恐れるようになった。人間という種を恐れるようになった。自分が創った種が創造主である自分を超えるのではないのかと恐れるようになった」

「自分が永遠の支配者であるために、人間という種を滅ぼそうとしている?」

 リオの疑問に彼女は「そうよ」と頷(うなず)く。

「特別な人間、自分を裏切ることのない人間だけを残してね」

「勝手すぎだね。ボクはそう思うよ」

「そうね、私もそう思うわ。そう思ったから、私はリオ……あなたを創ったのよ」

 リオの金色の瞳をジッと見つめながら言う。

 瞳の色と髪の長さを除けば、2人はソックリであった。双子と言えば、信じる者は多いことだろう。

 それもそのはずだ。

 リオは彼女の細胞をベースに創られた人造人間なのだから。

 無から生命を産み出すのは、時間と手間がかかる。

 だから自分の細胞を培養して、ゼロからではなくイチからリオを産み出したのだと彼女は説明してくれた。

「リオ、あなたはイブリースよ。神に反逆する者。それがあなたよ」

 イブリース……イスラム教に出てくる堕天使の名前。最初の人間アダムに対して膝をつかなかった天使。

 神にケンカを売る者の名前に相応しいからと、創造主である彼女はリオの戦闘形態にその名を付けた。

 そして通常形態、あるいは情報収集形態とでも呼ぶべき姿のリオという名は、創造主である彼女の他界した双子の弟の名前であった。

「病弱な子だったわ。10年前に他界した。弟の代わりに、あなたに世界を見てほしいの」

「1つ聞きたいことがあるんだ」

「なにかしら? お母さんに答えられることなら、いいんだけど」

「ボクは人間を護(まも)る……それが使命だから、そのために創造されたのだから。それには従う」

 けど……とリオは言葉を続ける。

「ボクは人間が好きなのかどうか分からない。人間を護るために創られたからやるのか、それとも人間が好きだからやるのか……その答えが欲しい」

 ある意味では自分の子ども、または自分自身かもしれない者の問いかけに、創造主である彼女は腕を組んで考えた。

 しばらく考えてから、彼女は口を開いた。

「その答えは……自分で見つけなさい、リオ。あなたは人造とはいえ、意思を持つ1人の人間。考えることは大切よ」

 人間と多く接すれば、自然と答えは出るはず。創造主である彼女はそう言った。

 だが、その答えをリオはまだ得ていない。

「リオ、ネオトーキョーに行って。神の手下が、そこで何かをしようとしているの。その何かなんなのかは、まだ分からない。それを調べ、そして阻止して」

 そしてリオは母、あるいは自分自身かもしれない者の言葉に従って、ネオトーキョーに足を踏み入れた。

 神の手下が何をしようとしているのか、それもまだ分かっていない状態だ。

 神の手下は何をしようとしているのか……創造主である彼女は、

「ろくなことじゃないでしょうね」

 と言っていた。

 その『ろくなことじゃない』神の計画を探るのと同時に、リオは自分が人間が好きなのかどうかの答えも探しているのであった。


 霧山麗亜(きりやま・れあ)と詩亜(しあ)は常に一緒であった。

 何をするのも、どこに行くのも一緒だ。

 麗亜と詩亜は双子の姉妹である。

 同じ顔で同じ髪型、同じプロポーションで同じ服装。

 違いは姉の麗亜が左利きで右目の下にホクロがあり、妹の詩亜は右利きで左目の下にホクロがあること。

 そのため向かい合うと、鏡を見ているような錯覚におちいる。

 利き手の違いとホクロの位置の違い以外にも、違いはある。それは性格だ。

 姉の麗亜は強気で、何をするのにも常に自信を持っている。自分が強い人間であることを知ってるので、ビクビクすることがない。

 逆に妹の詩亜は弱気で、姉の麗亜に依存していた。

 詩亜は自分1人では何もできないと思っている。だから、姉から離れることがない。

 麗亜と違い、自分に自信がないのだ。

 ただし昔は、妹の詩亜の方が姉の麗亜よりもすべてにおいて優れていた。

 だが詩亜は、姉を立てようと常に一歩下がっていた。自分より姉を上に立たせようと心がけていた。

 まるで、それが自分の役目だといわんばかりに。

 それに気づいた麗亜は、詩亜を憎いと感じたことがある。

 同情されているようで、悔しかった。

 同じ顔で同じプロポーションの人間は、2人もいらない。1人で十分だ。

 自分の目の前から詩亜を消そう……そう考えてしまうのも、自然なことであろう。

 しかし、その考えは実行されることはなかった。

 ある日、双子は何の前触れもなく特殊な力を持つようになった。両親は、そんな双子を恐れるようになった。

 恐れ、避けるようになり、そしてついには双子を捨てた。

 その時からだ。麗亜の中で詩亜に対する感情が変化したのは。

 麗亜は捨てられたことを何とも思わなかった。

 無能な両親など、そばにいても無意味だ。邪魔なだけだ。

 金さえ与えてくれるのなら(父親は巨大企業の社長で、金は腐るほどある)そばにいなくてもいいと麗亜は思う。

 そばにいても、うっとうしく、わずらわしいだけだ。

 詩亜は違った。捨てられたことに大きなショックを受け、絶望した。それから詩亜は、姉を必要以上に頼るようになった。

 最初は詩亜を、自分の思いどおりの人形にすることに楽しさを感じた。

 捨てられていた子犬を拾いもせず、ただ無責任にミルクを与えてなつかせる……そんな自己満足に浸っていた。

 麗亜は能力に目覚めてから、自分以外の人間が愚かに感じられるようになっていた。麗亜にとって、本当に愛せるのは自分自身だけ。

 だがそれは、たとえ自覚がなくても、とても孤独でつらいことであった。

 そのつらさが、妹である詩亜への新しい視点を彼女に与えた。

 自分と同じ顔で、同じように特殊な能力を持つ詩亜。それは、とても得がたい共存者。

 片方が邪魔なのではなく、2人合わせてこそ完璧と言える。

 それに加えて麗亜は、過去の体験から男という存在を嫌いになっていた。

 詩亜も同じように、男という存在に恐怖を抱いているということもあった。

 男というものに頼る……そんなことは、麗亜にも詩亜にも考えられないことである。

 だからだろうか、麗亜も詩亜も急速にお互いの欠けた部分を補完し合う関係に変わっていた。

 そしていつしか、麗亜の中からは詩亜に対する憎しみが消えていた。

 捨てられていた子犬を拾い、自分の家族として受け入れたのだ。

 とはいえ、そんな論理的な自己分析ができほど麗亜は大人ではない。自分では、詩亜をいまだに操り人形のように考えていた。

 それが強気な麗亜らしいと言えば、らしいと言える。

 特殊能力の友好的な活用方法というものも思い付いた。麗亜と詩亜の特殊能力を上手く使えば、怖いものなしだ。

 2人の能力を使い、街の不良グループを支配する……簡単にそれができる。

 己が支配者になるのは、麗亜としては悪い気はしなかった。

 退屈で何もない日常が、刺激的になるのだから。

 ただ、まだまだ麗亜は物足りなさを感じていた。もっと刺激を欲していた。

 もうすぐ、その刺激を得られる。そして自分以外に愛する存在が目の前に現れることを、このときの麗亜はまだ知らずにいた。