今日の夕方頃、世界が終わるらしい。それを知ったのは今朝だった。
わたしは鳴りやまないラインの通知音で目覚めた。
高校で一番仲の良い七恵たちとのグループを筆頭に、通知数は100を超えていた。
日曜だというのに、一階も騒がしい。
妹の大声と、それを叱りつけるパパの声が聞こえた。何事かと思い、子供のころから使っているティンカーベルのタオルケットを巻き込みながらベッドから立ち上がった。そしてふらつきながら自分の部屋を出た。
ママもパパも妹も、ダイニングのイスに座ってテレビを見ている。
いつも日曜にやっている番組ではなかった。
「何やってんの」
私が声をかけると、ママが「美依子!これ大変よ!」と、不安そうな表情で言った。
「だから少し静かに」とパパ。
妹の世依那は泣きそうな顔でテレビを見つめている。
テレビには、アメリカの大統領が映っていた。
大統領の声と重なって、女性の日本語が流れていた。どうやら生放送らしい。
「繰り返しますが、これは紛れもない事実です。レーダーが巨大なエネルギーを捉えています。地球外の知的生命体が、我々人類を攻撃しています。約10時間後、巨大なエネルギー波が地球に到達します」
映画か何かの壮大な宣伝だとわたしは予想した。
でも確かに外の様子が変だ。青みがかっていて、不気味に暗い。
心地いい不思議な夢を見ていた気がしたけど、すっかり飛んでしまっていた。懐かしいような感覚だけが身体をくるんでいる。
ここで何かを喋ればパパに怒鳴られるだろうから、わたしは自分の部屋へ戻った。
わたしはスマホで七恵たちとのグループラインを開いた。
『おはよう!これなに?』
既読はすぐに4になった。
『美衣ちゃ―――ん!やっと来た』と七恵。
『トーク全然読んでないけど、宇宙戦争?』
状況を掴んでいないわたしは、とりあえず冗談めかしながらそう聞いた。
『いや普通にそうっぽいぞ!人類すでに敗北宣言してるけど!』
孝人が言う。
『まてまて。え、これ本当のやつ?』と聞くと、音乃が『にわかには信じがたいよね』と言った。
『サッカー部のやつらはとりあえずお祭り騒ぎみたいになってる』と翔馬。
『ママたちがテレビの前から動かない』と言うとみんな『うちも』と口をそろえた。
そして『良かったらだけど、なんか不安だしこれからみんなで集まらない?』という七恵の提案により、わたしたちは今、駅前のアイス屋の前に集まっている。
「なんか人少なくない?」と言うと七恵が「確かに……」と不安そうな表情で辺りを見渡した。
外の青さは、夜明けというよりかは宵闇の青に近かった。
開いてる店と閉まっている店が半々くらいだった。こんな状況でもお店を開けているなんて、大人たちもみんなこの状況を受け止め切れていないんだなと思った。
「集まってはみたものの、どうすればいいか分かんねーな」
孝人が言った。
「とりあえずさ、この状況どうなってるか考えてみようよ」
翔馬の提案でネットを見ながら、みんなでエイリアンの攻撃について話し合ってみたが、そもそもこんな突飛なテーマでの議論なんて、スライムをこねくり回して遊んでいるのと同じだ。形なんて定まりっこない。
みんな真剣に話しているように見えて、当惑していることが目線や声色から感じ取られた。
七恵は怖がりだから、特に心配だった。
なんで、こんなことになってしまっているんだろう。
「こんな時にあれだけどさ、孝人」と、わたしは話の隙間を見つけて言った。
「んー?」
「京香にラインしてみた?」
京香は、孝人が思いを寄せる学年随一の美女だ。
「それが京香ちゃん、ライン見てくれないんだよ」
孝人はしょんぼりしながら言った。
「あらら。でもこんな時にあんたに構ってる暇なんてないか京香には」
わたしが場を和ませようと茶化すと「うるせー……」と言って孝人は本気で落ち込んだ。
翔馬が「美衣子―、孝人は意外と打たれ弱いんだからなー」と爽やかに言い、七恵が「もー美依ちゃんひどーい」と笑った。
七恵の笑顔を見て安心したのも束の間、音乃も「でたー。美依子の天然毒舌」と笑いながら言った。
心がざわりと反応してしまう。別にわたしは天然で毒舌を吐いたわけじゃない。
音乃とは時々、合わないなと思うことがあった。でもスッと通った鼻筋と、スミレのようないい香りがするところは素敵だった。あと、よく「好きだよ美依子」と言いながら頭を撫でてくれるところも好き。
「お前らはいいよなー。こういう緊急事態に一緒に居られるんだもん」
孝人は翔馬と音乃を嫉妬のまなざしで見つめた。翔馬と音乃はずいぶん前から付き合っている。
「とりあえずさ、どうする? どっか行こうよ」とわたしが言うと翔馬が「カラオケとか?」と真面目な顔をして言った。
「この状況で?」と七恵がまた笑った。ナイス翔馬。
「もっといつもと違うところ行きたいなー今日は」と孝人が言った。
「いつもと違うところかー」と考えていると、ある景色が頭に浮かんだ。
ピンときたわたしは「遊園地!」と言うと、七恵だけが「わあ!遊園地行きたい!」と喜んだ。
そうだ。今日なんの夢を見ていたのか思い出した。
「遊園地ってサンデーランドでしょ?」と翔馬が不服そうに言った。
サンデーランドはこの駅からもほど近い小さな遊園地だった。
子供のころ、パパとママと一緒に行ったときの夢を、わたしは見ていた。
世依那は生まれてなくて、パパとママとわたしの3人だけ。今の世依那と同じくらいの歳だったろうか。
お化け屋敷ではママと手を繋いで、入り口から出口まで目を瞑っていた。「ほら、お化けだ!美依子お化けだよ!」とママに声をかけられてもわたしは絶対に目を開けなかった。
コーヒーカップでは、パパがはしゃいで、泣きわめくわたしを意にも介さずハンドルをめちゃめちゃに回した。その結果わたしはお昼に食べたカレーを吐いた。パパはママに怒られていた。
パパは、ママがトイレに行っている間に「美依子、ごめんな」と言ってソフトクリームを二つ買ってくれた。結局食べきれなくて一つはパパが食べたけど、幸せで、嬉しかった。
「えー、良いじゃんサンデーランド!」と音乃が言った。そして「ただやってるかどうかだよね」と続けた。
「孝人はどう?」と七恵が聞くと「みんなで居れるならどこにでも行きたいよ俺は」と言った。
それを聞いた翔馬も、「お前らが良いなら俺も行きたいよ」と笑った。
わたしはやっぱりみんなのことが好きだなと思った。
バス停に向かうみんなの後ろ姿を眺めた。みんなの少し後ろを歩いて。
わたしはこうするのが大好きだった。
自分が言ったことに自分で笑う孝人。それを見て優しい笑顔で「もー」と言う七恵。
さりげなく手を繋ぐ音乃と翔馬。
わたしの胸は嬉しさで溢れそうだった。
予測はしていたけど、時間になってもバスは来なかった。だからわたしたちは歩いてサンデーランドに向かうことにした。
歩いている時、音乃がわたしの方へ近寄ってきて、「さっきはゴメンね」と言った。
さっきのって、もしかして孝人へ言った冗談のことか。
「でもね、ああいう時は誰かをけなす笑いはやめた方がいいかも」
大人な音乃には、わたしの考えてることなんて全部分かってしまうらしい。
音乃は「そういうのも好きだけどね」とわたしの頭を撫でて、翔馬の隣へ戻っていった。
スミレの香りがふわりと舞って、わたしはもっと幸せな気持ちになった。
「何話したの?」と音乃に聞いている翔馬も、きっとなんとなく察しているに違いない。
音乃が「何にも」と答えると「そう」とだけ言って翔馬は微笑んだ。まったく。クールな男め。
遠くの空に、緑色と紫色のあやしい光がみえていた。もしかすると、あれが宇宙人のエネルギー光線かもしれない。
もう少しで遊園地に着くというところで、わたしはママに電話をかけた。
「美依子! 何回も電話したのに!」
「え? ごめんごめん。多分電話繋がりにくくなってるかもね。鳴らなかったよ」
「ラインもした!それで今どこにいるの?」
「サンデーランドに向かってる!」
「なんでよ!帰ってきなさい!みんなでうちで過ごそ!」
「パパは?」
「美依子を探しに行くか迷ってたところだよ」
「ママたちもサンデーランドに来てよ!」
「なんでよ!」
みんなでサンデーランドで過ごしたいという気持ちが急激に沸き起こった。七恵たちも居て、ママもパパも世依那まで居たら最高だった。その気持ちを説明しようと思ったけど、うまく言葉にできそうになくて、わたしは「世依ちゃんにかわれる?」と言った。
しかしママが何か言いかけたところで電話が切れてしまった。
わたしはママに『サンデーランドにみんなで来てね!』とラインを送った。
「サンデーランドやってるといいなー」
わたしがそう言うと、孝人が「やってなかったとしても侵入しようぜ。どうせ世界の終わりなんだし!」と二カっと笑った。
しばらく歩いていると道の向こうに観覧車が見えてきた。回っている。
そして徐々に人の気配も濃くなってきた。車も何台か私たちの横を通った。なんだ、賑やかじゃん。と安心しながら、ようやくサンデーランドへ到着した。
入り口へ向かうと予想外の光景が広がっていた。
入り口に人の列が出来ている。自分の町の遊園地を悪くいうのもどうかと思うけど、サンデーランドは寂れた遊園地だ。こんなに列が出来る訳がない。ゲートの向こうにもたくさんの人が見える。
「めっちゃ混んでる!」翔馬が叫ぶ。
「やばー!」孝人が目を丸くする。
「なんでだろ?」と七恵が驚愕の表情で言う。
音乃は「ニュース見てないの? この人たち」と呆れ気味に言った。
わたしはなぜか、途方もないくらいに安心して、泣きそうになった。
わたしたちも列に並んだ。心地のよい喧騒が辺りに満ちていた。
家族連れやカップル、同じ高校の子たちも列に並んでいるのを見つけた。
孝人が想いを寄せる京香ちゃんは家族と一緒だった。こちらに手を振ってくれたのだけど、それを孝人は自分にだけ向けたものだと喜んだ。
七恵が、かわいい顔でまた笑う。
「ママー、だっこ」
前に並んでいた男の子が人の多さに不安になったのか、心細そうな表情で言った。
大丈夫、ママはずっとそばに居るよ。と、わたしは心の中で言った。
それにわたしたちも居る。みんなも居る。みんなあなたの味方だよ。
きっとわたしのママも、電話ではああ言っていたけど、パパたちと一緒にここへ来てくれるだろう。そしたら、世依那にソフトクリームを二つ買ってあげよう。
非日常的な青色につつまれた遊園地の光景はどこかノスタルジックだった。今朝見た夢の感覚に似ている。
子供の頃から使っているティンカーベルのタオルケットにくるまれる気分にも似ている。
少しずつ大きくなっている緑と紫のマーブル模様の光が、私たちに降り注いでいた。でも、誰もそれについて触れていない。
いつも通りというか、いつも以上に幸せな日曜だった。
マーブルの光が照らす観覧車は、幸せの象徴のようでわくわくした。
「お姉ちゃーーん!!」
聞き覚えのある、愛くるしい声が列の後ろの方から聞こえてきた。
世界の終わりが日曜日で、本当に良かった。