第3話 - さん
秋霖に身体を濡らしながらいつもの道を歩いていると、そこには珍しくし外に立つ彼女が立っていた。
こんな雨の日に外にいると風邪ひいちゃうのに。そんな事を考えながら近づいて行く。
彼女はポンチョを身に纏い何故かフードを被らずに長い綺麗な髪を雨水に晒したまま、静かに空を見上げて雨雲に霞む小さな薄月を眺めていた。
心なしか彼女の目には涙が浮かんでいるように見えた。それが涙なのか雨なのかは僕にはわからない事だが、それが何故か酷く心が痛んだ。
「あ」
彼女はこちらに気付いたのか、目線を下に落として声を漏らす。
「どうしたの? こんな雨の日に風邪ひいちゃうよ」
そんなに濡れている彼女には言われたくないセリフだ。こっちのことより自分の事を気にして欲しいものだ。
「濡れてるのは私も一緒か。……とりあえず入ろっか」
彼女の手に掴まれてそのままお店の中へと入る。触れた彼女の腕は、冷え切っている自分の体でもわかるほどに、雨に体温を奪われて……とても冷たかった。
彼女は……。どれだけの時間あそこにいたのだろうか。
お店の中は暖房が効いており雨で冷えきった体を暖かい空気が優しく包み込んでくれる。
「くしゅっ。……うーちょっと待ってねぇータオル持ってくるから……」
可愛いくしゃみをしながら濡れたポンチョを脱ぎながら奥へ消えていく。
あれは絶対に風邪を引いただろう。お店もあるだろうに大丈夫なのだろうか。
「お待たせ」
濡れた髪を軽くタオルで乾かしてそれを肩にかけてキッチンへ寄り、なにか火にかけてこちらへ戻ってくる。
そしてそのまま頭にタオルを押し当ててゴシゴシと雨を含んだ僕を拭き始める。
「⁉︎」
彼女が当たり前のように乾かしてくるので動揺して体が動かなかったのを、勘違いしたのかぼそりと呟く。
「君は本当にされるがままだよねー。誰かさんとは大違い」
その誰かさんのセリフのあたりで彼女の声が翳る。なにがあったのだろうか?
気になって彼女の顔を見ようとすると、頭を下に押し付けられた。
「こら、まだ終わってないよ」
頭を抑える力はこんなにも強いのに声はどこか弱々しい。
「……。前にねクッキー出したじゃない? あれね幼馴染……まあ、好きな人にあげたの。その人に今日告白したんだけど振られちゃった」
なるほど……。それで傷心で雨に当たってたわけだ。センチメンタルな気持ちで。
「そんなわけで絶賛失恋中なの。誰かもらってくれないかなぁ」
ふざけた様子で軽く振る舞う彼女。
「君とか……どう? なんてね」
僕と彼女は住む世界が違う。僕には恋心はよくわからないけどこんな可愛い子は釣り合わないだろう。
「まぁ、君はどっちかっていうと私の癒し的存在だからね〜」
はい。終わりっと、タオルを外してキッチンへと戻っていく。
案の定、彼女にとって僕はただの癒し要員の半常連さんみたい。
彼女はそのまま先ほど温めていたであろうミルクを持ってこちらへと戻ってきた。
「今日はホットミルクでも文句はないよね? それともキンキンに冷えたミルクの方が良かったかな」
意地悪そうに笑いながら暖かそうなミルクを目の前に置く。
流石に口で揶揄うだけで実行しなかったのをみると、彼女自身も体が冷えてたのだろう。
「さて、と振られちゃったわけですがどうしましょうかねー」
どうするか、と言われても僕にはどうしようもない。意見を言えるような立場でもないし……。
「君に聞いたってどうしようもない……か」
マグカップを指で突きながら頬を膨らませて机にもたれかかる彼女。
そんなに引きずるならどうせ諦めることなんで無理だろう。めげずにリベンジするしかない。
そんなことは彼女も分かっているようで、ただ今は振られたショックの逃げ場を探しているのだろう。
いつもお世話になっている彼女を少しでも元気付けてあげようと、腕を伸ばし膨れた頰をつつく。
それに驚いたのか目を見開いた後に「ぷっ」っとその空気を吹き出して笑う。
「君からいたずらしてくるのは初めてだね。励まそうとしてくれたのかな? ありがと」
そう言って僕の頭を撫でる。
こんなことで彼女の心を癒せるかはわからないけれど。
それが僕がここにいる存在理由なのならば。