鋼の光

第4話 - 第四話 鉄装巨人

イカ大王2020/07/07 13:51
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リニアモーターカーを降りて数分。

 美沙希達は、駅で待っていた輸送小隊と合流し、大型トラックに分乗して駐屯地を目指していた。トラックの巨大な荷台には軍事運搬車から移動させらた“マーズ・ジャッカル”が固定されている。



「ラングスドルフさんは、アイリス局長と親交があるのですか?」



 フェアファックス居留地を縦断する幹線道路。

 そこを走る大型トラックの助手席に座る美沙希は、鼻歌交じりでハンドルを握るラングスドルフに、気になっていたことを聞いた。



「なぜそう思うんだい?」



 ラングスドルフはバックミラーと正面を交互にみながら、そう聞き返す。



「さっき私が『局長は常識ある人間』と言った際、それを否定されたので。局長と親交があって、そのような側面を知っているのかと」

「階級から見たら私は三等星尉、彼女は星将だ。年が近くても、同じ空間で仕事をすることはまずない。答えは『親交は無い』……だよ」



 ラングスドルフは正面を見たまま言う。

 ハンドルを小刻みに調整し、ギアチェンジを華麗に行う。蛇行が多かった道路が直進に変化し、“マーズ・ジャッカル"輸送用の大型トラックは、風を切って加速した。



 ラングスドルフは右手でダッシュボードをいじり、CDがすでに挿入されているらしい音楽再生デバイスのボタンを2、3度押す。

 左右のスピーカーから美沙希が聞いたこともないクラシック音楽が流れ始めた。



「ここは、地球みたいですね」



「セントラル以外の居留地は、全てが巨大なバリアードームで外界と遮断されているからね。検疫所をパスすれば、バイザーヘルメットを収納できる。車窓も開けていいよ」



 美沙希は、自分がヘルメットを収納していないことに気がついた。

 ヘルメットは安易に収納してはならない、と学校で再三に渡って教えられてきた事に加え、惑星間航宙船に乗船している時は入浴や食事以外は決して外してはならない決まりがあったからだ。



 ラングスドルフはすでにヘルメットを収納し、車窓を開け、左腕を外に出している。

 赤みがかった茶髪が風で揺れ、きめ細やかな前髪がフワリと漂う。



 美沙希は安全装置を外し、首の右にあるスイッチを軽く押した。

 今まで顔を覆っていた強化プラスチックが、折りたたまれながら顎、肩、頸に消えてゆく。



 次いで扉に着いているハンドルを軽く回す。車内と車外を遮断していた防弾ガラスが下がり、美沙希が久しく感じていなかった『風』が、頬を撫でた。

 美沙希は後頭部で結っていた髪をほどき、肩までの長さを持つセミロングヘアーを、髪ゴムの呪縛から解き放つ。

 髪の一本いっぽんの間を新鮮な空気が気流となって流れ、美沙希は心地よさに身を委ねる。

 曲に耳を傾けながら、ゆっくりと目を閉じた。



「良い曲ですね」

「『ノクターン』2番さ。美沙希君。ショパンは知っているかい?」



 ラングスドルフは先と変わらずハンドルを握りながら美沙希に聞く。



「いいえ。あまり、音楽は嗜まなかったので」



 ラングスドルフは「そうか……」と哀しげに呟いた後、言葉を続ける。



「19世紀前半にヨーロッパで活躍した音楽家だよ。ピアノの良いところを引き出すのが上手でね。核で失われた一番大きな『芸術』さ。今は、ピアノ自体が廃れてしまったが」



「ラングスドルフさんは、その音楽家の曲が好きなのですか?」



「ああ、そうだ。でもね、私は好んでこの曲を聴くんだけど、仲間は『火星に合わない』だとか『しらける』だとか。趣味が合わないのだろうね。不評なんだ」



 美沙希はラングスドルフの言葉に耳を傾けつつ、外に視線を移した。



 ドームの天井から、日光が降り注ぐ。

 高空の分厚い粒子の隙間から漏れ出したそれは、フェアファックスの街をどこか温かみような光で包んでいる。

 街の合間を縫い、ひたすら続く幹線道路。輸送車4台の他に、走行するものはない。

 差し込んできた光に照らされ、濃い灰色の道路も、どこか温かい表情を見せている。



「君はこんな華やかさとは無縁な街と、この曲が合うと思うかい?」



 ラングスドルフが聞いた。



 中規模の灰色一色の高層ビルが、不整理にずらりと並んでいる。

 月面スミス海都市群や、今は亡き西ヨーロッパの大都市、実用性の中にも歴史を滲ませた極東の東京。

 それらの街並みと比べると、味気ない、感情がない、という感想が浮かんでくる。



 だが美沙希は、不思議とこの街と『ノクターン』が会う気がした。



「合うと思います」



 ラングスドルフは小さく笑う。



「君も変人だね」



 風が過ぎ去り、髪が揺れる。







 ◇





 4台のトラックが見えてきたのは、ラングスドルフが新隊員を迎えに行ってから2時間後のことだった。



「おい、ハルキ。見えたぜ。新顔どもが」



 駐屯地で美沙希たちのトラックを迎えるのは、2人の男性と、ヘルメットに白いラインが加えられた技術士数十名。



「どんな奴かな」



 2人の男性のうち、1人はサングラスを掛けた西洋系の男。もう1人は、右手を吊ったアジア系の男だ。

 2人とも若く、20代前半に見える。

 最初に幹線道路を走るトラックを最初に見つけたのは、サングラスを掛けた男性だった。



「腑抜けだったら叩き直してやる」

「新兵器を任されるぐらいだから、さぞ優秀なんだろうな」



 差し込み始めた日光が眩しく、右手を吊った男──春樹と、サングラスの男──ハリスは目を細めながら、近づいてくるトラックを見つめている。



 調査隊護衛任務で火危生との戦闘を切り抜けてから、早6時間。

 マーズ・サーベイヤー大隊に所属する707機械化砲兵小隊は要員17名を失い、多脚戦車1両を中破させられながらも、無事フェファックス居留地に帰還したのが今から3時間前だ。



 ラングスドルフは休養もほどほどにセントラルブロックへ向かったが、春樹はその時間の間に右肩の脱臼の治療を済ませ、他の隊員も『新兵器』の受け入れ態勢を整えている。



 4台の大型トラックは駐屯地の敷地内に進入し、春樹の目前で停車する。

 空気圧ブレーキの音が響き、ドアが開いて気密服の人間が続々と降りてきた。

 春樹の隣で待機していた技術士らがトラックの荷台に取り付き、かけられたシーツを外してゆく。



「アニメのロボットみたいだ」



 春樹は荷台に横たわる巨大なメカを見て、幼い頃に見たロボットアニメをふと思い出した。



『脚』を移動手段としているのは多脚戦車と共通しているが、それ以外は、全く違う思想のもと設計されたと簡単に分かる程に、異なっている。

 装甲で鎧われた胴体、それから伸びる左右のマニピュレーター。五本指の手のひら。

 接地面積の広い2本の脚、ゴーグルのようなカメラが面積のほとんどを占める頭部。頭部上部のレーダー、センサー等の電子機器。



 全体的に薄い灰色を基調としているが、ところどころに黒と赤のデジタル迷彩が施されている。

 人間の肩に当たる部分には『707-xx』の白地が施され、一機の頭部の口に当たる部分には、凶暴性溢れるシャークのノーズアートが描かれていた。



「諸君。ただいま」



 先頭を走っていたトラックの運転席から、ラングスドルフが飛び降りる。

 高さ2メートル以上ある高さであったが、難なく着地し、技術士の作業を横目に見ながら春樹たちに近づいてくる。



「これが噂の新兵器ですか。話には聞いていましたが、実物はやはり違いますね」

「私も初めて見たときは驚いたよ。人類の技術力は、二足歩行の陸上兵器を実用化できるまで成長したらしい」



 ラングスドルフは腰に手をやり、荷台を見上げながら感慨深げだ。

 次いで彼は春樹の後ろに立っていたカーライルに顔を向け、口を開いた。



「“ブンガー”の最終チェックは済んでいるな?」



 “ブンガー”とは、多脚戦車やガンシップを収容・整備・出撃させる地下式の堅牢な軍事施設である。

 フェファックス居留地と外界をまたぐように建設されており、大隊司令部、補給廠や練兵場と隣接している。

 ブンガーの収容ブロックは各小隊に割り当てられており、サーベイヤー大隊に所属する15個小隊のうち、マーズジャッカルを装備する8個小隊にはそれに対応したブンガーが割り当てられている。



「ああ。問題ない」



「よろしい」



 ラングスドルフは満足気に頷く。

 そしてトラックを振り向き、声を張った。



「君達、降りて来なさい!」



 それぞれのトラックの助手席のドアが開き、計4人がハシゴを降りてくる。

 男性には見られない華奢な体つき、長い髪。幼さが残る者もいる。



「おいおい。こりゃぁ」



 ハリスが堪らず声を上げる。



 トラックから降りて来た4人は、ラングスドルフの隣に並び、かかとを打ち付け、立派な敬礼を披露する。

 いずれも女性だ。ハタチにも達していないように見える。



「第22期訓練飛行団所属。イネス・マッカートリー四等飛行士です」



 長身でミディアムヘアーの、比較的大人びた女性が敬礼を続けながら自己紹介をする。



「同じく22期生訓練飛行団。エヴァ・ケルビャー四等飛行士」



 イネスと名乗った女性の右に並んだ女性が、続いて自己紹介をする。金髪のポニーテールが特徴だ。



「同じく、し、霜村美沙希四等飛行士です」



「同じくリ・スンシル四等飛行士です。これからよろしくお願いします」



 そのさらに右の少女も2人も続ける。

 2人ともイネス、エヴァ、と言われた女性と比べると小柄で、セミロングとショートボブの美しい黒髪が目を惹く。



 だが、準戦闘員として今まで火星で働いて来た春樹とハリスは、驚きが隠せない。

 春樹は目を見開き、ハリスはサングラスをずらす。

 2人とも、自らの部隊に編入されるのはマーズジャッカルを使いこなせるエリートかつ屈強な兵士だと考えており、少女たちが配備されるとは考えていなかったのだ。



「……ガキばかりじゃねぇか」



 ハリスの口から、その言葉が漏れる。



「あぁ!?」



 その言葉を聞いた刹那、『エヴァ』と名乗っていた女性が目を見開き、一歩踏み出して人差し指をハリスに突き出した。



「もっぺん抜かしてみろサングラス野郎!上官だろうが許さねぇぞ!」



 口が悪く、喧嘩っ早いところがあるハリスだが、新隊員がキレるとは思っていなかったのだろう。

 エヴァに怒鳴られ、ハリスはやや驚いた表情になる。



「この俺に声を荒げるたぁ、いい度胸だなぁ!」



 だが、次の瞬間にはハリスもエヴァを睨みつけ、2人の間に火花が散る。

 2人とも100人に1人いるか…というほどの血気盛んな性格なようだ。そうでなければ、初めて会った同士がここまでの喧嘩を展開することはまず無いだろう。

 売り言葉に買い言葉、である。



「だめよエヴァ!さっき言ったことぜんぜんわかってないじゃん!上官にそんな態度は論外だよ!」



 今にも殴りかかりそうなエヴァを、美沙希がオロオロとしつつも止めにかかる。



「レイフ。やめろ」



 春樹も、鋭い声でハリスを制止する。



「ぐぬぬ」

「チッ」



 2人とも不承不承と言わん顔で、退く。



「彼女たちは皆優秀だ。特にそこの美沙希君は首席卒業生で、マーズジャッカルの操縦技術も秀でていると聞く。皆、良き仲間になってくれるだろう」



 ラングスドルフがそう説明すると、兵員の間で「おぉー!」という声が上がる。一同の目が美沙希に集中する。

 彼女は目立つことが苦手らしく、顔を赤くして俯いている。だが、まんざら嫌でもなさそうだった。



「七尾。七尾春樹だ。君も日本人だろう?同じ故郷を持つもの同士、よろしくな」



 春樹はそう優しげに言うと、美沙希に左手を差し出した(右手は吊っていて使えない)。

 あまり握手をする習慣がないのか、彼女は一瞬戸惑った様子を見せたが、すぐに春樹の手を握る。



「はい!よろしくお願いします!」



 元気一杯な少女だった。その大きな瞳には一点の曇りもなく、本気で人類のために戦いたいと思っている。まさに、『純粋』そのものだった。

 手を握る。グローブ越しにも、少女の感触を感じることができる。握り締めれば潰れてしまいそうな、そんな幼さが残る手だ。



 春樹の美沙希への第一印象は、「早死にしそう」だった。



 春樹はその気持ちを表に出さないようにしつつ、ニッコリと笑う。



「くれぐれも頼むよ」





 ──春樹と美沙希の握手を皮切りに、興味を持った職員達が、4人の少女に群がり始める。

「ようこそ火星へ!」「首席ってすごいな!」「よろしくな兄弟!」と言った声が随所から上がる。

 4人の少女は男たちに言い寄られ、やや蹴落とされた様子だったが、嬉しいそうに笑っていた。



 その時、ラングスドルフがパチンと指を鳴らし、小隊全員の注目を誘う。



「もう日も傾いている。マーズジャッカル4機と各種装備をブンガーに移動したら、みんなで飲みに行こう。新たな仲間の親睦会だ。もちろん、私の奢りでな」



 少女と男たちの歓喜の声が、駐屯地内にこだました。