第2話 - 共依存
月明かりが窓から差し込み、部屋全体をぼんやりと青白くに照らしている。私の隣には、弓月桜花(ゆみづきおうか)が座っている。黒檀のように黒い髪をツインテールにしているのは、高校二年生にしては少々子供っぽいいようにも感じるが、身長百五十㎝に届くか届かないかという小柄な体系に、こぼれるような瞳を持つ彼女がそれをしていても、違和感がないどころか、漫画やアニメのキャラクターのような非現実性をうかがわせる。
優秀な妹に比べて不出来な私は、家では存在しないものとして扱われている。そんな空間からどうしても逃げ出したくて、ここ二週間ほど、桜花の家に泊めてもらっている。それでも、一度たりとも電話がかかってこないあたり、あの人たちにとって私は本当に要らない存在なのだろう。
桜花の両親も彼女を置いて海外へ単身赴任しており、毎月必要以上の金だけが通帳に振り込まれているらしい。まるで金さえ出していれば親の義務は果たしているとでも言いたげだ。
「七海ちゃん……」
甘く、か細い声が隣から聞こえてくる。
「なぁに? 桜花?」
桜花を見ると、その大きな瞳から、涙が一つ、二つと零れ落ちていく。月光に照らされ、真珠のような光を放っている。一瞬姿に心を奪われそうになる。
「だ、大丈夫? どうしたの?」
彼女は涙をぬぐいながら、途切れ途切れになりながらも必死に言葉を紡ぐ。
「お母さんたちにとって……っ。わ、私って……っ、必要なの……かな? 毎月、毎月……お金だけおく……られてきて。私が欲しいのはそんなのじゃ……ないのにぃ」
ぬぐい切れなかった涙が零れ落ちる。カーペットに落ちた雫が点々とシミを作っていく……。
私は彼女を抱きしめ、優しく頭を撫でる。親から愛されたことのない私には、彼女の問いに無責任な回答をすることが出来ない。
ただ「大丈夫、大丈夫だから……」と彼女の悲しみを受け止めておくことしかできない。むしろ、彼女の悲しみを受け止めることだけが、今の私の存在理由なのかもしれない。
桜花は、こんな小さい体で、たくさんの悲しみを受け止めている。彼女に比べれば、私の悲しみなど、そう、大したことはないのかもしれない。
だって、彼女はこんなにもか弱く、私が守らなくては壊れてしまうのだから。
私が、もう誰にも向けることのできないと思っていた、行き場をなくした「愛」というものは、この子にしか向けることが出来ない。そしてそうしなければならないのだ。
私は、桜花を強く抱きしめる。この手から彼女が離れないように。彼女が決して独りにならないように。
『彼女には私がいないといけないの』
*
月明かりが窓から差し込み、部屋全体をぼんやりと青白くに照らしている。私の隣には、東雲七海(しののめななみ)が座っている。月の光に照らされた彼女の短い金髪は夏の夜のホタルの光のように淡く美しい。ややつり目がちの目は、ひどく寂しげで、また何かにおびえているようにも見える。女性にしては身長が高く、スタイルもいい。私と歩いていたら、下手をすると親子に見えてしまうかもしれない。
優秀な妹と比べられ、家に居づらくなった彼女は、両親が単身赴任中で家を空けている私の家に二週間ほど泊まっている。
それでも、連絡の一つもしてこないような両親なのだから、あんな家、早く出てしまった方がいいと思う。
「七海ちゃん……」
自分が出せる精一杯の、か弱そうな、不安げな声を出す。
「なぁに? 桜花?」
やや低いながらも優し気な声が私の鼓膜を震わせる。思わず口から笑みがこぼれそうになる。私は、それをぐっとこらえて、目から涙を流す。言葉が出ないようにわざと切りながら必死に話しているように言葉を紡ぐ。
「お母さんたちにとって……っ。わ、私って……っ、必要なの……かな? 毎月、毎月……お金だけおく……られてきて。私が欲しいのはそんなのじゃ……ないのにぃ」
我ながら、名演技だと思う。今の私ならアカデミー賞だってとれるかもしれない……。そんな私を七海ちゃんは、抱きしめてくれる、優しく頭を撫でてくれる。あの慈愛に満ちた声でただ「大丈夫」といってくれる。それが私にとってどれだけ心地いいか。
(ごめんね。七海ちゃん)
そう思いながらも私はその幸せを享受する。でも、この行為は私がただ幸せになるためにしているのではない。こうしなければいけないのだ。
七海ちゃんには自分より不幸な、愛されていない人間がいなければいけない。正直、金さえもらえれば、あんな両親が帰ってこようがこまいが、私にとっては何の不利益もない。むしろ、帰ってこない方がいい。もし帰ってきたら、七海ちゃんは私のもとを離れて行ってしまうかもしれない。
今、七海ちゃんを孤独にしたら、彼女は本当に壊れてしまうかもしれない。
そんなことは私がさせない。
私がこうしているだけで、七海ちゃんが幸せなら、私はいくらでもピエロになろう。
『彼女には私がいないといけないの』