
「晴天を衝け」の養育院について
NHKの大河ドラマ「青天を衝け」第34回で養育院の話が出てきました。養育院とは、貧しい人、身寄りのない老人、孤児・捨て子などの窮民を収容保護する施設で、栄一が亡くなるまで関わりました。私はこの回を見て懐かしい思いがしました。なぜなら、自分がしたいことを思い出させてくれたからです。
塾講師を始めた頃から、私は中学生と高校生の指導専門でやってきました。それは、小学生の指導が苦手だったからです。いや、嫌いだと言った方が正しい。中学生くらいから理屈で話ができるのですが、小学生は意味もなく奇声をあげたり走り回る子が多い。
私は今でも暴走族や非行少年が大声を出すのを苦々しく思うし、近寄らないようにしている。礼儀をわきまえない人は、好きになれません。それは、相手が小学生でもダメでした。
ところが、自分に子供が産まれてから突然「父性本能」が発動されました。自分ひとりでは生きていけない100%私に頼ってくる我が子を見たら、見捨てることなど出来るわけがない。大声を出そうが、ワガママを言おうが我が子は可愛い。もちろん、叱ったし意思の疎通がうまくいかないことも多かった。バツイチになって、苦労をかけたと反省もしています。
でも、塾講師というのは生徒の喜ぶ姿を見てやり甲斐を感じる仕事。それ以前に、大学に進学するとき「教育学部」を選択したのだから、困っている人に手を貸す仕事を本能的に選んで生きてきたのかもしれません。
アメリカにいた時に、クリスチャンになりました。それも、他人に喜んでもらえる仕事をしていたことが関係があるかもしれません。
娘たちが大学に進学する時点でバツイチになって、進学資金と思って貯金していたお金の半分をもと奥さんに持っていかれました。それで、授業料を工面するため複数のカードローンに手を出してしまい首が回らなくなったこともありました。でも、娘たちのためだから苦労と思ったことはありません。
その娘たちも独立して家を離れました。親も亡くなりました。若い頃に夢見ていたのは渋沢栄一のように立身出世して養育院にいる才能豊かな経済的に恵まれない子に手を貸すことでした。ところが、現実は娘たちの養育と自分の生活を支えるだけで精一杯。残念無念です。
でも、まだ諦めたわけではありません。私は両親、娘たちの喜ぶ顔を生き甲斐にして生きてきました。それが、健康でいられる秘訣らしいのです。ですから、自分のためにも一人でもいいので才能があるのに経済的に恵まれない子に手を貸してやりたい。そして、その子に日本を支える子になってもらいたい。
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