第6話 - 時回り 空回り①
最初というのは誰しも遠慮するせいなのかは知らないがどこか互いによそよそしい。
しかし、時間というものはそういったぎこちない関係を強くしたり崩したりしてしまう力を持つ。
自分も初めのころはいろいろな人達に話しかけられたりしたが、人間というものは一度それなりの繋がりを持つとその繋がりを持ち続ける事を好むらしい。
そして、そのようにして一度作られた繋がりというのはなかなか消えないものである。
入学式からおよそ二週間。
始めは授業や学校にも新鮮さを感じていたが、人間の適応力は素晴らしいらしく二週間も経てば新しい生活サイクルに慣れてしまった。
学校でも俗にいうグループというものもいくつもできており、昼食や遊びに行くときもそのグループで集まってどこかに行くようだった。それは自分も小学生の頃から見たことのある光景だった。
「おーい。時枝。聞いているかい?」
声を掛けられその方向を見る。
「あ……悪い。よそ見していた」
軽く返す。
「なんか最近ぼーっとしていることが多い気がするけど大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ」
花山は少し不満そうな表情を浮かべている。多分、構ってくれないことに対して不満に思っているのだろう。
すると、周りを見渡した後に少し不敵な笑みを浮かべ自分に話しかけてくる。
「時枝はいつもあの人達を見ているよね。何か気になる子でもいるのかな?」
花山にしては珍しく煽りながら話してくる。
「そういうのじゃない」
強く否定する。
「そこが逆に怪しい」
笑いながら揶揄ってくる。
これ以上否定したら本当に怪しまれかねないと言葉を返すことをあきらめながら小さく溜息をつく。
もっとも、花山もなかなかに鋭い。花山が思っているような気になる子と言うのはいないが、今自分が見ていたグループに対して興味を持っているのは事実だ。
彼らのグループは男子五人女子三人で構成されている。そんなに多くの同じ人間とずっといるのはあまりいい記憶がないのだ。
彼らがどういう風にして生活し続けていくのかというのは少し気になっている。
これはあくまで一個人の考えでしかないのだが、あまり大勢で集まりすぎると互いに気を使いすぎて逆に居辛くなる。
普段楽しく生活しているときはそうでもないのだが、ふとした瞬間に周りとの温度差を感じてしまうのだ。
それだったら最初から少人数の方が互いに気が楽だろうと思っている。
もっとも少人数でのデメリットもあるのだが………。
流石の花山も自分がそんなことを考えているとは思いもしないだろう。だが、それで構わない。人にはパーソナルスペースというものがあり、何人も踏み込んではいけない領域というものは存在するものだ。
「そうだ。部活は何に入るか決めたかい?」
「部活……? 俺は入るつもりはないが……」
少し驚いたような表情をしている。
「それは少しもったいないと思うよ。せっかくの高校生なんだしさ。勉学以外にも楽しみや趣味を見つけないと。時枝は何か趣味はあるかい?」
「趣味か……」
少し言葉に詰まる。
別に自分は趣味も特技もない寂しい人間というわけではない。しかし、果たしてそれを人に胸を張って言えるものかと聞かれると何とも言えなかった。
「趣味の一つでも持ってないと大人になったら大変だよ。せっかくだし何か部活に入らないか?」
「……そうだな。また、考えとく」
「そうしてくれ。そうだ………………」
なかなかに花山の話は長い。出会ったときからよく話しかけてきたが、ある程度仲良くなって気を許す間柄になってくるとよりその長さを実感した。
自分的には向こうから話しかけてくれる方がありがたいので助かっているが……。
花山の話を聞き流しながらまた教室を眺める。ちょうど花山と教室の後ろのところで昼食を摂っているために教室全体がよく見渡せるのだ。
すると扉を開け入ってくる人が一人。東雲である。今では眼鏡姿がデフォルトのようになっていて、女優の星野志乃の面影は一切感じさせない。
もちろん星野志乃がどういう人物かは知らないが、周りの人間が騒がないということはそういうことなのだろう。
あの時以来ほとんど話らしい話はしていない。ここまで何も話さないでいるとあの時の出来事は本当にあったことなのかなどと疑ってしまうほどだった。
東雲は食堂にでも行っていたのだろうかなどと思いながら見ていると自身の席に座って弁当と思しきものをかばんに仕舞っているようだった。
普段から人と話す様子がない東雲が外のクラスの人と仲良くなって弁当を一緒に食べているのだろうか。
人と話すことが苦手と言っていた東雲が果たしてそんなことができるのかは聊か疑問ではあるが、変に人を模索するのは良くないと考えることをやめる。
「…………………………というわけだ。なかなかいいと思わないか?」
「ああ、確かにいいな」
内容は詳しくは聞いてないが何やら部活の話をしているようだった。
まだ続いていたのかと相変わらずの話の長さに一種の尊敬の念すら浮かぶ。
「なあ花山。あの人ってどういう印象だ?」
部活の話題を変えるために座席に座って本を読む東雲を指さす。
「えっと、あの人は……東雲さんだね。んー、なんというかよくわからないね。あえて言うとすればよくわからないということが印象的というべきかな」
「そうか」
「彼女と知り合いかい?」
「少し違うが……まあ似たようなものだ」
「彼女にも知り合いがいたんだね。彼女が誰かと話しているのを見たことなくてさ。クラスの噂だけど話しかけても碌な返事が返ってこないらしいよ」
「そうか……」
東雲がクラスからそう言った印象を受けているとは全く思わなかった。
あくまで想像できる範囲でだが、自分が星野志乃であることを隠そうとして、混乱し結局何も話せないということになっているのだろう。
偶然とは言え知り合いになった自分とでさえ、自身のことを話そうとすると慌てていたのだ。数人で集まって彼女自身のことを聞かれると彼女はまともに言葉を返せるはずがないだろう。
「そうか、ありがとう」
弁当箱のふたを閉め、ふぅと軽く息を吐く。
「悪い。少し席を外す」
花山の返事を待たずに席を立った。