第1話 - 小料理屋の少女と幸せのスープ
「誕生日プレゼントだ」
翫は目にかかる程の長さの前髪を手でかき分けながら無表情にそう言いつつ阿呆面で立っている男を別室へと案内し、話を続ける。
「この中にいるから、今日持って帰れよ」
「いるって何さ。犬? 犬か。犬だろう」
狭間は誕生日プレゼントと言われて少々浮足立っている様子で翫へと尋ねる。いつもの様に薄ら笑みを浮かべながらなかなかドアを開けようとはしないでいる。
「売れ残りだからあまり期待するなよ。ちなみに犬じゃあ無い。いいから早く開けろ」
やや高圧的な言いように気を悪くすることもなく狭間はドアノブへと手をかける。
「心配しなくても贈り物にケチつけるほど野暮な人間じゃあ無えよ」
「ヤボってなんだ?」
「あぁ、こっちの方では言わねえのか。なんて言うか、気を遣えねえような...そんな感じの意味だ。雰囲気で使ってるからその意味で合ってるかって聞かれたら自信はねえが、俺が伝えたかったのはそういうことだから」
狭間は一度手をかけたドアノブから手を放しまた話し出してしまう。
「お前こっちに来て何年にもなるのに、いまだに田舎の訛りが抜けないよな」
翫の言葉にまた笑顔で返し、話は段々と熱を増す。
二人は六年前に仕事で一緒になってから意気投合し、全く違う仕事をしている今でも仲が良い。暇があれば身のない話を延々とするような、いかにもな友人関係である。
「俺おばあちゃん子だったからな。たぶんお前じゃあ、俺のおばあちゃん何言ってるか分かんねえと思うよ」
ドアの向こう側から賑やかな話声が聞こえてくる。少女は暗い部屋の隅に小さく座り込み毛布をかぶってじっとしている。
この屋敷の主人に引き取られてからこんなに賑やかなのは初めてのことだった。
話している内容に興味はない。
これまで毎日土を運び、手を休めるたびに鞭で打たれる日々を過ごしていた。ここに来てからの何日かは働かされることも鞭で打たれることもなくただ茫然と時が過ぎるのを待つだけが日常だったが、新しい雇い主が来たのだろう。またあの日常に戻るのかとそんなことを考えながら、ドアが開くのをじっと待つ。
少女にとってその日常は特につらいものではなかった。
少女にとってその日常は当たり前のもので、つらいものだということは理解できなかった。
この時はまだ。