第13話 - 悔恨の洞窟:2
「あ、聞こえたわ、水音・・・やっぱり」
「・・・やっぱり?」
「多分ここよ、私が落ちた場所。水場に落ちたから怪我ひとつなかったのよ。・・・あの時は暗くてよくわからないままお母様に助け出されたけれど・・・今なら。」
無事にたどり着いたことに安堵した瞬間、腰がふっと軽くなった。頭を焼き切るような血の匂いも感じなくなった。
耳に触れると、そこにあるのはいつも通りの人間の耳。やはりある程度の感情の沈静化が、出現した尾を消すには必要なようだった。
どっと疲れたタイタンを追い抜き、セレナは駆け出す。
空気の質が変わった。疑念が確信に変わる。
「・・・雨!!見つけたわ、タイタン!ここよ、私が落ちた場所!」
滝のような音は、上に溜まった雨水が勢い良く洞窟に流れ込んでくる音だったらしい。
セレナを追い走って来たタイタンは驚く。狼の尾が消えたせいで夜目は利かなくなってしまったが、それでも暗闇に慣れた目である程度の状況把握はできる。
ここは太陽が差し込むのだ。セレナの言った通り、高い天井に大きな亀裂があり、そこから雨と溜まった雨水が滝のように降り注いでいた。
地面に生い茂っているのは苔ではなくふわふわとした草と白い花。
一本だけ大きな針葉樹も生えている。晴れた日に陽光が差し込めば、まさにオアシス、楽園と呼べる美しさであっただろう。
中心には大きな湖がある。雨水が流れ込んでいるはずだが何故か湖には濁りがない。
奥は滝の水流が激しく危険だが、手前側で水浴びをするくらいなら問題なさそうだ。
「まあ・・・とっても綺麗!こんなに綺麗な場所だったなんて!お水が水晶みたいに透明だわ!しかも、ここ、まだ採掘されていないグリムメタルが沢山・・・!」
確かに、壁のところどころが金色だ。採掘され尽くした場所ばかり歩いていたが、本来この洞窟の壁は美しく金色に煌めいていたのだろう。
「・・・凄いな。まさか切り立った崖の内部にこんな場所があるなんて。本当に手付かずの自然じゃないか。」
セレナすらよく知らない場所に来たのは初めてではないだろうか。
まるで天から落ちてくるような巨大な滝は荘厳の一言に尽きる。
ただ大量の水が流れているだけとはとても言えない。不可思議な神秘さと皇帝のような偉大さがその滝には在った。
東洋には山や滝、自然そのものを神として信仰する文化があったという。信仰などというものはとっくに廃れ果てた世界で生まれ育った2人だが、この湧き上がる純白の喜びと、恐怖で膝が竦む感情こそが信仰というものだと理解させられた。
洞窟の土の匂いはここにたどり着いた瞬間掻き消えた。水と水がぶつかり生まれた、柔らかく湿った空気が、タイタンの肺からカビ臭い空気を追い出し、浄化してゆく。
視覚、聴覚、嗅覚、その全てが滝に洗われて浄化されていくかのようだ。
先ほどまで煩悩全開だった頭がすっと冷え、タイタンは冷静さを取り戻していた。
「ふふ、森が作った箱庭ね。ふふ、タイタンも水浴びする?」
「こら。きちんと安全を確認してから・・・・」
「分かっているわ。その為にこれを持って来たの」
セレナはポケットにいくつか、魔道ランプのビー玉のような部分・・・コアを詰めて来ていた。
これは魔道を込めればそれだけで一定時間灯りとして機能する。
「えいっ」
セレナが上空に放り投げたコアは花火のように燃え、打ち上がり、そして停止する。
ぼんやりとした薄オレンジがふわふわと宙に浮く。
頼りない灯だが、しかし行動に必要な最低限の明るさは確保された。
「・・・こんな使い方もできたのか。」
「雨に当たると消耗も早いわ。水浴びするならさっさと済ませましょう。風景に見惚れるなら昼間の方がいいもの、きっと!」
そう言い、セレナは服ごと水に飛び込んだ。バシャン!と激しい音と同時にタイタンの顔面に思い切り水がかかる。
「おい!何も飛び込む必要はないだろう!?」
「ふふふ!タイタンもびしょ濡れ!ほら、諦めて早く水に入りなさいな!汗を流してしまった方が気持ちよく寝られるわ!」
・・・タイタンは女性の体に詳しくないが、月のものの最中にこんなに大暴れして平気なのだろうか?それともセレナが馬鹿なだけか?
・・・実際は隠れて薬を飲んだだけだが、タイタンは勿論知る由もない。
楽しいことで痛みも忘れられるなら、鳥頭も幸せだろうな。
ため息をつき、袖で顔を拭い、気づく。
「・・・・・しょっぱい?」
「・・・本当だわ、しょっぱい。確か前は違ったと思うけれど。不思議な湖ね。」
セレナは当たり前に受け入れているが、いや、タイタンには思い当たる節がある。
「海水・・・?」
海など、人類が到達できる範囲に存在するわけがない。海上に開いた崩落の影響で、この世界の海は少しずつ、確実に枯れ始めているのだ。
保護区もこの森も、内陸部だ。セレナは勿論、タイタンだってきっと行ったことなどないに決まっている。
しかし、タイタンの記憶が叫んでいる。この磯臭い苦味のある塩味は間違いなく海水の味だ。
こんな高い崖の上、洞窟の中に、海水。タイタンの背筋に警戒が走る。
「・・・っ、セレナさん、上がれ!やっぱりおかしい、この湖は!」
「おかしい、って?」
「変だろうが!あれだけ絶え間なく雨水が降り注いでいるのに水量が全く変化していないし、第一雨水が注いでできた湖が塩分を帯びるわけがないだろう!」
セレナはそう言われ、湖の淵に近寄る。確かに、湖の淵は、あれだけの水が降り注いでいるにも関わらず、全く拡大していない。セレナの動きに合わせて僅かに揺れただけだ。
「・・・これは・・・どういう原理?お母様がなにか仕掛けているのかしら?・・・。」
「待て待て待て!何潜ろうとしてるんだあんたは!馬鹿か!?」
大きく息を吸ったセレナの首根っこを慌てて掴む。危険だと止めているのに!
「何の為にこの洞窟に来たのか忘れたの?・・・明らかにお母様の作ったものよ、これ。この森にある自然の摂理に反したものは大体全部お母様の作ったものなんだから。・・・これこそ貴方の欲しているものでしょう?」
「っ、だから一度上がれと言っている!得体の知れない湖なんだぞ!?何もこんな雨の中・・・しかも夜に潜ることはないだろう!?」
「・・・タイタン。」
セレナの眉が寄る。真剣な瞳が真っ直ぐにタイタンを見据えた。
いや、その目にあるのは執念だ。タイタンには異常としか思えない狂気的なほどの未知への執着。
見たことのないセレナがそこにいた。思えば、学者としてのセレナと正面から向き合ったのは、これが初めてだったかもしれない。
爛々と好奇心に燃え上がる月光が、気だるげにタイタンを映した。
「貴方がどんな情報を欲しがっているか知らないけれど。・・・何かを観察しようとするのに、そんな甘えた姿勢では駄目よ。そんなことでは、きっと世界は救えないわ?」
首を掴む手を、ばしりと払いのける。珍しいセレナの明確な拒絶に、タイタンは僅かに狼狽えた。
「戦士の素養はあるようだけど、学者の覚悟は貴方には無いわね。それでは駄目。鷹の目で観察し、狼の嗅覚で嗅ぎ、兎の耳で聞き、人の頭で考えるのよ。・・・貴方が異常だというこの塩水の発生条件は何?雨天だから?夜だから?もし今日の夜にしか発動しないたった一度きりの魔道だったら?・・・今この瞬間、一生ものの情報を逃すことだってあり得るの。観察者になりたいなら、それ相応の覚悟を身につけなさい。」
「・・・っ、俺は、危ない真似はするなと言っているだけだ!」
「下手は踏まないわよ。そこで見ていて。」
セレナは厚手のストールを投げ捨て、シャツ一枚でタイタンに背を向けた。
「ここは魔道の専門家のお姉さんに任せておきなさいな。私の本職は料理人でも医者でもなく魔道学者なのよ?」
ふふん。得意げに笑ったセレナの小さな体が水に沈んだ。
タイタンは、海水、と漏らしていたかしら。
成る程、この嗅いだことのない香りのする水、これが海水というもの。そしてタイタンには何故かそれが分かるらしい。
湖の底は暗い。泳ぎには慣れているセレナの足が竦んでしまうくらいには。
ゆらゆら、細い銀糸が柔らかく、頼りなく揺れる。
それでも、この胸に渦巻く果てしない欲求には勝てまい。ここに何がある?どんな大魔道がここには潜んでいる?
その正体を、見たい。知りたい。解剖して、自分のものにしてしまいたい。
一度目を瞑り、恐怖を胸の奥に押し込めた。その時、横からどぼんと何かが落ちる音。
「・・・・!」
タイタンだ。迷いなくセレナを追ったタイタンは、やっぱりビビってるじゃないか、とばかりにこちらを一度睨み、セレナの手を握った。ひんやりした水の中でただひとつ、タイタンの手だけが暖かい。
彼の迷いない真っ直ぐさは、弱いセレナにいつだって勇気をくれる。
不安にどくどくと脈打っていた心臓が、ゆっくりと落ち着きを取り戻した。
自分が焦っているとき、人は自分が焦っていることに気づけないものだ。教えてくれる誰かが隣にいることが、どれだけ心強いか。
ゆっくりと、辺りを見渡す。特に不審なものは見当たらない。レースのような不思議な形の水草が底面に生えているぐらい。海中には1匹の生き物も見当たらなかった。
塩水だもの、それはそうだ。川と違って、海には魚のような生き物はいないらしい。塩水の中で生き物が生きられるわけがない。
・・・ここまで思案して、セレナは気づく。
一度上がろう。タイタンの手を引きセレナは水面に浮上した。
「・・・ぷは。セレナさん、どうした?何か気づいたか?」
「駄目だわ、私では。・・・何も気づけない。」
どう言う意味だ。聞き返してもセレナは返答に困っているようで。
考えた末、セレナは真正面からはっきりと言うことに決めた。
「・・・タイタンは、海とはどういうものなのか、知っているのよね?」
「・・・。」
無言の肯定と受け取っていいだろう。記憶を失う以前に知る機会があったのか、それとも何か他の理由があるのか、それはこの際どうでもいい。
「私は正しい海がどういうものなのか知らないわ。だから全てが異常にしか見えないし、なにが不審なのかもわからない。ねえ、教えて。本物の海には生き物がいるの?生えている植物は?水の色はこれで合っている?本物の海にはこれほど濃い魔力が溶け込んでいるものなの?」
これは、多分「渡しものを渡す」ことに抵触する。なるほど、狼がタイタンにやらせたいことを少し掴んだ気がする。
そして分かる。今はきっと、狼のいう「然るべき時」ではない。
しかしこう聞かれては仕方がないし、何よりタイタンは、セレナが海の美しさを想像できないこと、その美を共有できないことをただ惜しいと思った。
少しくらいなら。タイタンは狼の言いつけを破ることを決めた。
「・・・海藻も、水も、本物の海そのものだ。これが、この内陸部の果てに、地平線まで続いているのが、海というものだ。ただ・・・魚がいない。本物の海には魚がいるし、蟹や海老とか、甲殻類だっている。深さだって足りない。」
「魔力は?本物の海に魔道の匂いはある?」
「分からん。あんたのいう魔道の匂いというものが俺には分からない。」
セレナが旧世界のことを知りたがったときに、状況に応じて旧世界の知識を渡す。
文献を読むだけでは分からない、濃密な体験、感覚。匂い、温度、味。その全てを余すところなく、セレナに伝えろと。狼がやらせたかったことは、きっとそういうことなのだ。
「ただ、その魔道の匂いというものが・・・もし、この海を魔道で人工的に作った結果残ったものなら、それは本物の海にはきっとないものだ。海は人工物ではないんだから。」
「・・・うーーん。でもこれは、魔道の残滓というにはあまりに濃すぎるわ。もっとこう、この匂いは、家の工房みたいな・・・あ。」
ひょっとして。セレナが再び潜る。慌ててタイタンが後を追うが、セレナは彼が潜るまでもなくすぐに浮上してきた。
「驚いた。ここの底面、全てグリムメタルでできているの。少しずつグリムメタルが水に溶け込んで、これだけ濃い魔力を秘めた水ができているのね。」
そう言ってセレナはコアを水底へ投げ込む。底面にたどり着き、オレンジ色の明かりがゆっくりと湖の底へ転がり落ちていく。
タイタンも横のセレナを真似して水面に顔をつける。
停止した明かりの周り、金色のきらめきが湖の底面をびっしりと覆い尽くしている。
「・・・・・綺麗だな。」
「・・・・・ええ。グリムメタルを綺麗だと思ったのは、久しぶり。」
本物の海の底は砂だ。この美しさはこの湖だけのもの。透き通った水晶の水の中、底面が金色に輝く。
グリムメタルから時々虹色の泡が立ち上っている。ただの泡すら宝石のように思える。
まるでルチルクオーツだ。巨大な金紅水晶の中に潜った二人はその刻一刻と姿を変えるその神秘に閉じ込められてしまう。
自分もこの無数の泡の1つになって溶けてしまいたい。そんな風に思ってしまうくらいには、魅力的。
「・・・泡?どうして泡が?」
「・・・本物の海に泡はない?」
「普通はそうだ。底からこんなにぼこぼこ空気が湧くはずがない。グリムメタルにそういう性質があるのだろうか。」
「そんな性質はないはずよ。グリムメタルは魔道を帯びやすいだけのただの鉱石で・・・そう。そうよ!!誰かが魔道を浴びせない限り、グリムメタルが魔力を帯びるはずがないじゃない!!魔力はヒトにしか生み出せないエネルギーなんだから!!」
グリムメタルは魔道を帯びやすく、また魔道によって強烈に形を変える鉱物。だが、それだけだ。グリムメタル自体が元からこれほど強烈な魔力を帯びていることはない。誰かが・・・お母様が、この大鉱脈に魔道を浴びせなければ、グリムメタルはからっぽのままのはずなのだ。
「なら採取してこようか。小さいピッケルを持ってきている。・・・俺が潜ってくるから待っていてくれ。」
流石にこれ以上彼女に体を冷やさせるのはよくない。
それに、調査を言い出したのは自分だというのに、今日はセレナに頼りきりだ。
体力作業ならタイタンの出番。探索者の覚悟ならあるのだ、自分にだって。
・・・などと、格好つけたい一心で水に潜ってしまったが、実はタイタンはあまり水に慣れていない。最低限の泳ぎはできるが、セレナほど長時間は潜れないし、水中でピッケルを振るのなんか初めてだ。
「・・・大丈夫?」
「大丈夫だ。あんたのほうが潜りっぱなしだろ、そろそろ水から出た方がいい。交代だ。」
わずかな心の軋みが命取りになる。戦場では肝に命じていることが、すっかり頭から抜け落ちていた。
なるべく大きな鉱石を持っていった方が良いだろう。
浅瀬にあるのは滝で削れたグリムメタルの砂つぶばかり。鉱石の形で残っているものを採取するには多少深くまで潜らないといけないようだ。
先ほどセレナが投げたオレンジの灯目掛け、タイタンはゆっくり潜っていく。
ちょうど灯の隣、この辺りでは一番大きな鉱石が地面から生えていた。
「・・・・。」
グリムメタルの採掘自体はそれほど難しくない。非力なセレナだって一人でこなせる仕事だ。
中途半端に硬い鉱石が一番割れやすい。さらにグリムメタルは強い劈開性のある鉱物だ。母岩が割れなくても最悪グリムメタルの根元を砕いてしまえばいい。
オレンジのコアが、グリムメタルの正方形の結晶の隙間に挟まっている。その根元にタイタンは早速ピッケルを振り下ろした。
水中で腕を振るのは、当然ながら辛い。早く呼吸がしたい。
一発。腕に乳酸がずしりと溜まった感覚を感じた。
二発。グリムメタルがわずかに振動した気がする。
三発。
根元から折れたグリムメタルがタイタンの顔面めがけて思いきり吹き飛んだ。
「!!?」
そうだ、泡。この鉱石の下には、何故か空気が溜まっていたはずだった。
今まで誰も穴を開けることがなかったパンパンの空気だまりに、タイタンはピッケルで穴を開けてしまった。
ごぼばばば。
炸裂音の後、息を全て吐き出してしまったタイタンの音にならない悲鳴があがる。
不運なことにグリムメタルが飛んだのはタイタンの目。
この湖の深く。慣れない水中。視界と酸素を奪われたタイタンに起きることは最早必然。
異常に気づいたセレナが慌ててタイタンに鎖を巻きつけてももう遅く。
とにかく浮上しようと闇雲に泳いだ彼は、最悪の場所に移動してしまった。
「ちょっと!?滝の真下・・・!」
セレナの腕から直接伸びた鎖が、凄まじい力で水中にセレナを引きずり込んだ。
「・・・・っ、んむ、たいた、タイタン!!!!」
ばちり。急速浮上した意識。
薄暗い視界に映ったのは、びしょ濡れの満月。
そして喉元に吹き出す猛烈な不快感。
「・・・がはっ、げほ、げほっ!!!」
慌てて塩水を吐き出すタイタンを見て、ようやく安心したようにセレナは崩れ落ちた。
「よ、よかった・・・。どうなるかと、思ったわ・・・・」
「・・・っ、はあ、はあ・・・一体、何が。」
後頭部を酷く打ったらしい。左目はまだうまく開かないが失明はしていない。
呼吸の度全身が酷く痛むが、とりあえず自分が生きていたことにタイタンは安堵した。
「って、あんた、その足・・・!」
「貴方を引っ張り上げようとして逆に引きずり込まれてしまったの。転んでちょっと擦りむいただけ。」
ちょっとではないだろう。ズボンを捲ると、セレナのスネは皮膚が抉れて血だらけだ。
それはそうだ、あの尖ったグリムメタルの塊に叩きつけられ続けたのだ。
「・・・っ、悪い。俺の不注意だ。」
「不測の事態なんか当たり前よ。切り替えが早いのが貴方の良いところなんでしょう?」
ふふ、といつも通りのセレナの笑顔が心に沁みる。
「・・・というか、ここは、どこだ・・・?」
「多分滝の反対側よ。こっち側にも陸地があったのね。」
陸地というか、島だ。
滝の奥側にも湖は続いていたようだ。どうやら天井の亀裂は巨大な湖のちょうど中心部にあるらしい。
湖の真ん中に丸い島があり、そこにセレナがタイタンを引き上げたのだった。
「・・・ねえタイタン。これもお母様が作ったものかしら?女の人の・・・建物?」
そう言われ、セレナが指差す方を見上げ、タイタンは絶句する。
二人がいたのは島のかなり外側。島の中心部には巨大な青銅の建築物が据えられていた。
巨大な釣鐘状の下部。その上に女性の上半身のモチーフが据えられている。
セレナが建物と誤解するのも当たり前だ。これほど巨大な彫刻など、タイタンだって見たことがないのだから。
いや。
タイタンはこれが何なのかを知っている。
松明を掲げたその女性の姿は、旧世界なら知らないものはいない。
立派な台座は存在しない。サイズも実物に比べれば随分と小さい。
でもその凜とした佇まいは健在。
それは、2000年前、ニューヨークで崩落に飲み込まれたはずの。
「自由の女神像!?」
大国、アメリカ合衆国の自由と民主主義を象徴する女神の像。
そして2000年前に、絶望の象徴へと貶められた悲劇の女神像が、そこに立っていた。