本棚記録帳

第16話 - 恋のヒペリカムでは悲しみは続かない/二宮敦人

季月 ハイネ2021/04/18 16:56
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 ※こちらの作品は上下二巻に分かれております。当感想は、上下巻両方を合わせたものとなっておりますのでご了承くださいませ。


 下らなくて、些細で、でも輝いていた時間。終わった恋。後味の悪い恋だとしても、思い出は消えやしない。どこにもなくさずにすむ代わりに、ずっと胸を締め付ける。(上巻・本文より)


 自分が受け取らなかったブローチが、それでも、誰かに受け継がれていく。ルチアと自分の人生が誰かに繋がっていく。時を超えて、思いを託されて。(下巻・本文より)



 進めない一歩、踏み出したい一歩を教えてくれる、人生の休憩所小説。


 小さなファッションブランドの女社長・律子。元ホストクラブNo.1で、今はクラブで働いている男性・檜山。二つの物語を軸として話が進んでいく。時折、偶然に律子は檜山と出くわす。

 その再会は本当に偶然なのか、何か仕掛けられていないか、想像しながら読んでいたらまたしてもやられてしまった。そうか、そっちではなくてそこか! と。

 ミステリーの醍醐味はいかに読み手をミスリードさせるか、本筋を隠し通せるかではないかと思っている。予想が的中すれば嬉しいし、外れれば悔しい。どこに目をつけ、追わせるか。全く関係のないと思っていた物語が繋がった瞬間、何とも言えない納得感が生まれてくる。これは、ミステリーに限らず、推理小説やそのほかあらゆる小説にも言えることだろう。


 上巻から下巻へは、八坂と赤松との恋の行方、ヒペリカムオーナーである春日部の、現在へと続く物語が描かれる。

 クラブの名前である「ヒペリカム」。元は花の名前だが、この花が持つ花言葉、なぜヒペリカムだったのか、明かされた理由にはオーナー春日部の過ごしてきた人生そのものが表されているように思えた。名前に込められた思いやドラマを知ると、ただの単語がぐんと深い意味を持つ。登場人物たちの物語を知り、その人となりを知るようなそんな気分だ。

 どうして彼ら、ヒペリカムの従業員に、恋の悩み持ち込むと解決してくれるのか。彼らは魔法使いではない。彼らもまた、恋に悩む人たちなのだ。

 忘れられない人がいて、仲たがいしてしまった人がいて、夢や目標のために道を別れた人がいる。そこに彼らの人生が合わさって、経験した悩みが抱いた思いがある。客だからという事務的な理由ではなく、訪れた人たちの話を親身に聞いたからこそ、彼らは客の悩みを解決していくのではないだろうか。


 「ヒペリカム」

 ここは人生に悩む人たちが扉を叩く、ちょっとした休憩所なのかもしれない。