第10話 - ヴェノム=サーク=アルエリア
三人連れ立って入った風向計の内部は、ラスターが思っていた以上に広かった。
入ってすぐ目の前から順に、二列ずつ並べられた木製の長い椅子があった。リディオルの言っていたとおり、そこはまるで待合所のようになっていたのだ。港町、と称されるくらいだから、そんな場所があってもおかしくはない。
椅子が向いている方向の一番前には教卓に似た台があり、待合所と言うよりも教会と呼んだ方がしっくりくる。それらを眺めながら、長椅子と長椅子の間にある通路を前へと進んでいく。
建物の中なのに、ラスターが思っていたよりもずっと明るい。これだけ高いのなら、光は床まで届かないはずだ。何でだろうと上を見上げて納得した。天窓がある。それも真上の、相当高い位置に。
天窓だけではなく、壁にいくつもの窓があった。窓は全て向かいの壁に備えつけられている。これでは、入口側から一見しただけでは窓があるかどうかなんてわからない。
この建物自体が明るくなっているように思えるのは、きっとそれだけではないだろう。
「ねえ、シェリック」
いつの間にか開いてしまった距離を詰め、先を行く背中をつついた。
「ん?」
首と目線を動かしたシェリックに、ラスターは真上を指し示した。つられて上を向いたシェリックが不思議そうな顔をする。
「何か珍しいものでも――ああ、天窓か。ルパじゃそんな珍しいもんじゃねえよ。そこらの灯台にだってあるだろ」
「そうなの? 教会みたいだと思って」
まずそこらの灯台を知らないのもさることながら、他の灯台の中に入ったことがないからわからなかった――ではなくて。
「そうじゃなくて。あれって、もしかして王様?」
差したのは天窓だが、ラスターが訊きたかったのは違うものである。
そこにはめ込まれていたのは色つきの硝子だ。ところどころ色を変えて象られているのは、豪奢な衣装に身を包んでいる、恐らくは男性。位の高い人物であろうことは想像に難くない。
「ああ。あれはアルティナ王国、初代国王を模したものだと言われている」
「――ご存知でしたか」
意外にも、反応したのは先頭のフィノだ。
「まあな。アルティナの話は有名だろ。子ども向けの本にもあることだし、知らない方が珍しいと思うぞ――こいつみたいな世間知らずならともかく」
「ちょっと、やめてってば――もう!」
上から頭を押さえられ、抗議するべくその手から逃れる。ラスターは椅子の間を駆け、一旦壁際へと非難する。どうやら追いかけてはこないようである。苦笑する二人をにらみ、頬を膨らませた。
「ボク、それはシェリックに言われたくないなあ」
「へえ、どの辺りで?」
「世間知らず」
ぐしゃぐしゃになった髪を整えながら言うと、面白そうに返される。
「もう少し、子どもの扱いについて学んだ方がいいと思うよ」
「今まさに学んでるだろ、おまえで」
「ああ言えばこう言う」
「そりゃそうだ」
微笑ましく眺めているフィノと、余裕の表情を浮かべているシェリックと。二人を見ていたらなんだか無性に悔しくなって、ラスターはしぶしぶ彼らに近づいた。からかわれるから離れたなんて、それこそ子どもっぽいなと思ってしまったからだ。
「でもさ、ここ、ラディラでしょ? どうしてアルティナと関係があるの?」
ルパが属しているのはラディラ共和国。アルティナ王国は海を挟んだすぐ向こう側にあると言っても、ラディラとアルティナはそもそも同じ国ではない。
シェリックとフィノが顔を見合わせる。
「ほらな。知らない」
「そのようですね」
「むー、ずるい」
二人だけ知っている様子なのが余計に悔しい。
「そうすねるな。あれはヴェノムなんだよ。ヴェノム=サーク=アルエリア。アルティナ王国は、アルエリア国王とセルティナ王妃によって造られた国なんだ。だからルパは共和国にあると言っても、実質王国と近い町なんだ。それは距離じゃない。王国の成り立ちが由来している」
「そうだったんだ」
元海賊が王国を造ったなんて、まるでおとぎ話みたいだ。けれどもこれはおとぎ話ではない。間違いなく過去に起こったことなのだ。
「あれ、でも、ヴェノムはここで亡くなったんだよね? 最期に着てたって服が、町の服屋にあったんだケド」
昨日ラスターが目にした、ぼろぼろの服を思い出す。
亡くなる間際に着ていたと、命を賭して戦ったと、彼はこの町の英雄なのだと。店員の女性はそう語っていた。
「私は物語を読んだことがありますが、海賊が王国を造るところまでしか載っていなかったですね。シェリック殿は何かご存知ですか?」
「いや、俺もそこまでだ。そこから先は詳しく知らないな」
店員はとても誇らしげに語っていた。彼女が嘘を吐いているとはとうてい思えない。では、なぜ?
戦ったのが海賊ならば、そのあとにここで果てたのならば、王国を造ったのは――
「――ラスター、気になるのはわかるが。それよりも、俺たちには聞かなきゃならないことがあるだろう。せっかくあいつが取りつけてくれたんだ、来てくれたフィノにも申し訳ない」
シェリックに促され、ラスターは考えごとから戻ってくる。
そうだ。知りたいけれど、ここに来た本来の目的はヴェノムではない。輝石の島についてだ。
「そうだね。ごめん、フィノ」
「いえ、私のことはお気になさらず。どうせですし、座りながらにしましょう」
苦笑しながらの提案に、一も二もなく二人は頷いた。