第2話 - 目覚め・春と紅
「─────────ッ!!!」
"春"が吼えた。ただ誰もその咆哮を聞かず、空に響くだけの音は"春"の目覚めを意味する。雲は"春"の居る地点を中心に穴が開き、桜は呼応する様に満開になる。
"春"とは鳥の魔物だ。だが鷹や鷲のような鳥とは違い、神話に出てくる不死鳥を思わせる姿だった。
炎のように紅き翼を広げ、その眼光はナイフのように鋭い。その身から溢れんばかりの生命力はまるで不死鳥の如し。
咆哮と共に現れた"春"は全てを見通している。
『|自らを打つ者《プレイヤー》が現れた』
鷹を遥かに凌ぐ視力を持つ"春"が見据えるは森の中にある小さな家の付近で倒れている青髪の青年。彼が今後どのように行動し己と相対するのか、"春"はその時をただ待つ。
「───────ッ!!!!」
吼えると桜は更に咲き誇る。それはまるで新たな生の誕生を祝うかのようだった。
◆◆◆
森の中に一人青髪の青年がいる。雑草だらけのそこで地に伏し息をしていない。その肉体はまるで人形のようにピクリとも動いていなかった。だが魂を吹き込まれたかのように突然息を吹き返し呼吸を始める。
そして目が覚める。
「う……ぅ……ここは……」
倒れ伏している青年は意識を取り戻した。先程までの肉体が嘘のように脈を打っている。
青年は身体を起こして周りを見渡す。右手には小屋、左には森。後ろも森。目の前も森。決して見たことの無い景色。
「俺は……誰だ……」
青年は記憶を失っていた。故に置かれている状況や自分に関する事、何も知らないし理解もできない。
疑問が思考を埋め尽くす前に立ち上がり深呼吸、ただ冷静に状況を把握しようと彼は必死だった。
「落ち着け落ち着け……きっと夢だ…」
記憶が無いのは夢、明晰夢だと。そう信じたかった彼は自らの頬を抓ったが普通に痛かったため手を離す。そして頬は赤く腫れた。
「痛てぇ……」
腫れた頬は現実であることを彼に強く意識させ、同時に夢に逃げようとしても無駄だという事実が押し寄せる。
さらに追い打ちかのように彼の脳内に機械的な音声が流れる。
『───チュートリアルを開始します』
「えっ、チュートリアルって何─────」
桜が咲き誇る。森の緑は一瞬にして桃色へと変わり、散る花弁が彼を包み込む。
「なんで桜が……」
唖然とする青年に音声は絶え間なく流れる。
『春は続く───』
「え?」
機械的な音声は脳にひたすら、何かを説明するかのように語り始めた。
『春を彩る桃色はやがて濃く力を増し、真紅へと変わり果てるだろう』
『打つ者を見る真紅。その炎は永遠を表し、自らを焼くまで春は終わることを知らない』
『桜の散り時、春の終わりを定める力は汝の手にあり』
『"クレナイ"よ、紅を超えろ』
桜吹雪が消え足元には大量の桜の花弁。音声は止み、青年は情報を一つづつ確実に理解しようとして……
「ぁ……え……むり…」
状況と与えられた情報が彼を|容量不足《キャパオーバー》へと陥らせる。そしてまた地に伏し、眠りにつくのだった。