とある男女の話
私と彼は結婚を前提にお付き合いをしている。
今日はそんな彼と一緒に私の両親の元へ挨拶をするために車を走らせていた。
私の実家は山を超えた先にある不便なところではあるが、彼と一緒ならそんな道のりも悪くは無いと思う。
彼と私の指にそれぞれ光るペアリングを見比べて幸せだな、などと考えていた矢先、大きな音を立て、私と彼の乗っている車は山道で事故に遭ってしまった。
どのぐらい気を失っていたのか分からないが、車の中で意識を取り戻した私は、隣にいるはずの彼の姿がないことと、乗っている車が横転していることに気が付いた。
彼は先に車から出ているのだろうか、このままではまずい、私も車から出なければ。
身体中が痛い、そんなことを思いながら私は這いずりながら車から抜け出した。
しかし車の外にも彼の姿はない。
一体どこへ行ってしまったのか、不安になる。
ねぇどこにいるのと周りに声をかけてみても返事が聞こえることもなく。
悲しいやら怖いやらで泣きそうな気持ちになっているところに見知らぬ男が歩いてきた。
「なにか、お探しですか?」
男は私の後ろで横転している車など見えていないような素振りで話しかけてきた。
今思えばとても怪しいのだが、その時の私に冷静な判断が出来るはずもなく、見知らぬ男に私は答えた。
「恋人を…婚約者を探しているんです。
どこかで見ませんでしたか?」
「おや、それは大変だ
ところでその方はどのような見た目の方ですか?」
私は答えようとするが、答えられない。
彼のことが何も思い出せない。
確かに彼は居たという実感はあるのに彼について何も思い出すことが出来ない。
私は答えられないまま口を金魚のようにぱくぱくさせるだけ。
「何も答えられないような相手なのに探しているんですか?」
「っか…彼と一緒に、私の両親に結婚の挨拶に行くところだったんです。
確かに彼はここに、私の隣に居たんです」
必死に覚えていることを伝える。
それに対して男は一瞬、血の通わないような冷たい目をして、
「そうなんですね、なら、ご両親にご挨拶に行かないとならないですね」
そう言った見知らぬ男の目を見て、私の意識はここで一旦途絶えた。
私が次に気がついた時、車に乗っていた。
事故に遭ったはずの車に。
もしかして今までのは夢だったのかと内心ホッとして運転席を見ると─何も思い出せない─彼ではなく、事故の後に出会った見知らぬ男が座っていた。
「どうしてあなたがここに?彼はどこへ?」
混乱していた私の口から思った疑問がこぼれる。
それに対し男はにっこりと微笑みながら言った。
「おいおい、どうしたんだ?寝ぼけているのかい?
僕ら2人で君のご両親にご挨拶に行くところじゃないか」
男に彼としていたはずの予定を言われてめまいがした。
見知らぬ男の指には彼がしていたはずのペアリングが光っている。
何かがおかしい、確かに私は事故に遭ったはず。
あの体の痛みも覚えている。
思い出せないのは愛していたはずの彼の何もかもだけ。
彼は居たという実感だけが胸にある。
そしてこの男が何者なのか全く分からない。
事故の後に会ったのは確かだと思う。
男の名前も分からないし、どうして彼がいるはずのところに何食わぬ顔で居座っているのか何も分からない。
彼の車に彼のつけていたリングをつけて彼とするはずだったことをしているこの男は一体なんなんだ?
そんなことを考えていると酷く気持ちが悪くなった。
男はそんな私をちらりと見て
「酷い顔色だ、どこかで少し休もう」
と微笑みながら言った。
その時の男のかもに対してもなんだか気持ちが悪いと私は思った。
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