第4話 - ここはエルフの隠れ里
食事が片付けられたテーブルの上には、次々と物が並べられていく。
エリ婆さんがどこからか物色してきたローブと杖、おっさん提供の武器防具とオバサン提供の衣服、美男美女が摘んできてくれた薬草、小学生たちが書いてくれたお手紙――これは、プライスレス。
事の発端は、ボクの唐突の発言にあった。明後日の朝、この村を発つことを食事中に告げたんだ。
明後日、一年に一度の定期隊商(キャラバン)が大森林の縁まで来るそうだ。隠れ里とは言え、エリ婆さんが作るポーションを野菜の種と交換する程度には交流があるらしい。
そこに随行し、安全確実に王都もしくは大都市に行くことがここを出るための最低条件、そうボクはあの二人に説得されていた。
勿論、ボクは反対した。行くなら全員で行くべきだし、皆が残るならボクも残りたいと。だって、ボクはこの村の皆を助けたいんだから。
でも、エリ婆さんは許してはくれなかった。
子どもが一人増えただけでは村の運命は変わらない、それにエルフを迎え入れてくれる人間なんて存在しない、そもそも、エルフは森を捨ててまで生きようとは考えないとの理由で。
正直、悔しかった。
前世で得た知識を大して役立てられない自分に。ここに残っても皆の食い扶持(ぶち)を減らすだけの自分に。座して滅びを待つだけの、エルフを見捨てることしかできない自分に。
だから、必死に考えた。
1.二日間でボクが役立つことを証明する。
2.隊商が来なかったことにして村に戻る。
3.王都で彼らを迎え入れるよう交渉する。
1が駄目なら2、2が駄目なら3でいく。
今はこの計画を隠し、自分自身を強くすることだけを考えるんだ。
「皆さん、ありがとう。全部は無理だけど、大切に使わせてもらいます」
まず、中央にでーんと置かれた濃いグレーのローブを手に取る。
ざらざらした肌触りで、冬物の厚手のコートくらいの大きさだ。前はボタンで留められるようになっているのは便利。何よりお婆ちゃん臭がふんわり心地良い。
「魔物の皮を鞣(なめ)して作った皮のローブじゃ。服の上から着ると良い。フードもあるし、女の子には安心じゃろ」
「ありがとうございます! わ、意外と重いんですね――」
ランドセルを背負っているかのようなずっしり感がある。まぁ、筋力が付いてきたら楽になるかな。
次に、厳(いか)つい金属製の防具と派手な下着を横にどけて、薬草とお手紙を手に取る。
「あぁ、俺の自慢の鎧ちゃんが――」
「そんなの、畑の案山子にでもくれてやるんだね!」
「お前のデカパンの方が遠くにどけられてるじゃねーか」
「あはは……」
苦笑いが止まらない。
あのフルプレートアーマーは肉体的に、虎模様の下着は生理的に無理です。
「リンネさん、その薬草は切り傷と、僅かですが毒消効果もあります。エリザベート様特製のポーションほどではないですが」
「怪我をしないのが一番よ。私たちからのお守りだと思ってね」
「はい! いざと言うときにだけ使わせてもらいますね」
乾燥させ、丁寧に束ねられているホウレン草みたいな葉っぱ。美男美女夫婦の愛情が伝わる一品だ。
「リンネお姉ちゃん、お手紙読んでみて!」
「早く早く!」
「大きな声で読んでね!」
「感動してきったねー鼻水垂らすなよ?」
腰に抱き付いたり、腕にぶら下がって急かしてくるロリエルフに癒される。ボクのことを輝くような金色の瞳でじっと見つめてくる子もいる。何だか恥ずかしくなっちゃうよ。
でも、最後、エロガキが調子に乗って胸を触ってきたので、正義の鉄槌を下しておいた。
「あれ……えっと……とにかく、ありがと」
全然読めなかった。
言葉は普通に通じるのに、文字は駄目だ。アルファベットっぽいので英語かもしれないけど、ごめん、ボクはまだ英語わかんないの――。
白けムードを振り払い、最後に武器をチェックする。
赤褐色の剣、棒の先にナイフを括りつけた槍、長めの木の杖、黒くて短い棒切れ――。
「良い剣だろう、刃は潰れちゃっているが歴(れっき)とした銅製だ。竜とも戦える代物だ」
「無理でしょ」
「無理じゃねーよ、勝てるとは言ってないだろ?」
確かにそうですねー。
「その槍は便利だぜ。いざとなったら縄を解いてナイフにもなる」
「ダサい」
「めんどくさい!」
「やーい、オ○ン○ン槍だぁ!」
小学生に爆笑されても怒っちゃ駄目。まぁ、とにかくご愁傷様です。
「次はわしのか? それはエルダートレントの杖といってな、魔法の威力を上昇させるだけでなく、物理強化されているから棍棒としても使える二刀流じゃよ」
これって、エリ婆さんの歩行用だよね。これが無くなったらヤバいよね?
とりあえず、杖を手に持って軽く振り回してみる。
竹刀より少し長くてちょっと重い。持ち歩くのが大変そうだ。
今度は隣に置かれた黒い棒を手に取って振ってみる。こっちはかなり軽い。長さは――七十センチくらいかな。
掌をポンポン叩いてみると、物凄く硬そうな感じが伝わる。
「杖も良いですけど、ボクは魔法が使えないし。こっちの頑丈な棒の方が良いかな」
「ほいきた! 俺様大勝利!」
「ありがとうございます、いただきますね」
小太りしたおっさんが感極まって踊りだした。
その時、横からリザさんが耳打ちしてきた。
(それ、何の素材でできてるのか分かってる?)
(え、カーボン的な金属ですか?)
(ううん、金属じゃないの。オオグモの脚!)
「うぇっ!?」
思わず手に持っていた棒切れを放り投げてしまった。大丈夫、小太りさんは踊りに夢中で見ていない。
でも、こんなに軽くて丈夫な素材は他にないでしょ。うん、さっきの話は聞かなかったことにしよう――。
「リンネちゃん、私からはその服ね。それと、服が入っていたこの布袋も持っていってね」
あ、この服と下着、リザさんのか。
白と水色の縞パンなんて、エリ婆さんには似合わないと思ってたんだよね。道理で用意周到だったわけだ。
「リザさん、ありがとうございます。それと、ボクの服は――」
「あ、あの服ね――あれれ、どこへ行ったのかしら」
挙動不審な様子が実に怪しい。でも、高い物じゃないし未練はないからいっか。使用済ってのがちょっと恥ずかしいけど。
「あ、無くなったのならいいです。捨てておいてくださいと言いたかっただけなので」
「見つけたら適当に処分しておくわね」
安心したリザさんの笑顔は、やっぱり可愛い。
よし、それじゃ早速、魔物退治に出掛けよう!
★☆★
かつての最強魔法使いエリ婆さんの愛弟子にして、エリ村現役最強とも名高いリザさん監修の元、ボクは村を囲む聖樹結界を抜けた。
結界から南に伸びる獣道のような小径(こみち)、ここを下ったずっと先に隊商との交易場があるらしい。その入口で足を止め、ボクたちは準備運動をしている。
「魔族大侵攻は今も続いているわ。溢れ出した魔物の数は、大小様々数億とも言われる」
「えっ、数億も!?」
「うん、だから野生の動植物はほぼ滅亡してる。ここ大森林には元々妖精種が多くいたのだけど、今は大半が魔物化してしまったわ」
悲しそうに語るリザさんによると、エルフは人や亜人とは根本的に異なる存在で、精霊から生じた妖精種だそうだ。
植物のような光合成こそできないが、清らかな光と水や空気があればある程度は生きられるらしい。だからあんな粗食でも大丈夫なのか――。
でも、だからこそ、邪悪な魔力犇(ひし)めくこの環境には耐えられず、自ら魔物と化してしまったのだとか。
「元に戻す方法はないんですか?」
ボクは準備運動を終え、棒の素振りを始めながら訊いてみた。
「結界内で数年間浄化し続ければ、可能かもしれない」
「諦めないでやって――」
「やったわよ! でも、そのせいで多くの仲間が死んだ! 両親も、友達も、魔物化したトレントに引き千切られ、ゴブリンに喰われた――私の目の前で!」
「……」
「ごめんね、リンネちゃん。魔物化した妖精種が出ても遠慮しないで倒してね。私にできないことをお願いするのはとても心苦しいけど」
ボクなんかにできるの?
その資格があるの?
――でも、やらなきゃこっちがやられる。村の皆を救うために、やらなきゃ駄目なんだ。
「必要なら、そうします」
「うん、それでいい――ありがとうね」
分厚い暗雲に隠された太陽がちょうど南中を迎えた頃、ボクは一匹の魔物と対峙していた。
「気をつけてリンネちゃん! そいつ毒がある!」
植物系の魔物で、姿かたちはチューリップ。だけど、黄色い花弁の中に身を潜めるようにして、赤い眼が光っている。根を懸命に動かし、葉を揺らしながら近づく足取りは亀のように遅い。
「はいっ! 叩きます!」
バシッ!
野球ならセンター前ヒットくらいにはなりそうなフルスイング。でも、茎が軋(きし)んで動きが少し鈍る程度にしかダメージは与えられない。
バシッ!
バシッ!
バシッ!!
距離をキープしつつ殴ること四発――キュンと悲鳴に似た声を発して黒い霧となるチューリップ。
心臓がまだドキドキしてる。
激しく上下する肩で頬を滴る汗を拭う。
「やりました! 倒せました!」
「リンネちゃん……弱い」
うん、思いっきり自覚はある!
魔力0なのに倒せたのはこの武器のお陰かも。魔物の素材だからか、加工されても微量の魔素を含んでいるみたい。
「はい! 次っ!」
結局、小径に沿って咲くチューリップ二十体を刈るのに三時間を要した。
小休憩を取っていると、何かが茂みの中から飛び出してきた!
「ブラックラビット! 素早いよ!」
リザさんが大声で叫ぶ。
こっちに向かってくるのはラグビーボールくらいの黒いウサギだ。距離は五メートル。ぴょんぴょん跳んでいるので猫よりは動きを読みやすい。
「ドウ!」
跳ねた瞬間を狙い、踏み込んだ横薙ぎの一撃を見舞う。
『ギャン!』
数メートル吹っ飛ばせたのは、ちょうどタイミングが合ったから。大ダメージを与えられた感覚はない。サンドバッグを殴った感じで、手の方が痺れてしまう。
「また来るよ!」
リザさんの一声で、視線を掌からウサギに戻す。赤い眼を怒らせて、猛然と突進してくるところだった!
「メン! あっ! 痛ったぁ!!」
渾身の振り下ろしは横ステップで躱(かわ)され、脛(すね)に噛み付いてきた!
懸命に脚を振り払っても、食い込んだ牙が外れない。
ガン! ガン! ガン!
棒を逆手に持ち替え、魔物の頭蓋をひたすら殴る。
ガン! ガン! ガン!
血は出ない、でも明らかにダメージは与えている。
ガン! ガン!
その時、初めて魔物と目が合った――。
白目部分が赤く染まり、光っている。
でも、その中心にある黒い瞳は――穢れなきウサギのままで。とても悲しそうに、寂しそうに、ボクの目には映っていた。
「リンネちゃん!」
リザさんが横から長杖を一閃する。
黒ウサギは一瞬で黒い霧となり、散っていった――。
「何をボーっとしてたの!」
回復魔法ヒールを唱え、ボクの足の傷を癒してくれるリザさん。かなり怒っている様子。
「無事、だったからいいけど、この森では……生きようって、強い気持ちを……」
「ごめんなさい――」
ぺたりと地面に女の子座りをして、こっくりこっくりお説教を始めたリザさんに、小さく謝った。
★☆★
日が沈む直前まで森で棒を振り続け、ボクたちはエリ村に戻った。
あれからどれだけのチューリップとウサギを倒したのか覚えていない。でも、あの時に見た瞳だけは、忘れられなかった。
「疲れたかい?」
軽く水浴びをした後に呼ばれた教会の一室で、ボクはエリ婆さんと向かい合っていた。
「そうですね――」
「何を見たか、感じたかはオーラを見れば薄々わかる。だがのぅ、ここはそういう世界じゃ。深く考えれば足が止まる。足が止まれば身も心も腐界の沼に沈んでしまうぞ」
「でも! それでも、脳裏に焼き付いたあの瞳を忘れられないんです!」
少しの間をおいてエリ婆さんが語りだす。
「傷口は、擦れば擦るほどに黴菌(ばいきん)が入って膿(うみ)を生じるもの。辛い思いを忘れようと努めるより、寧ろ喜楽で上塗りするのが良いじゃろう」
「うぅ、お婆ちゃーん!!」
「わしはそなたの祖母ではない!」
軽く突っぱねる言葉とは真逆に、エリ婆さんは、その骨ばった腕でボクの甘えタックルをしっかりと受け止めてくれた。
◆名前:リンネ
性別:女性
年齢:12
職業:なし
称号:銀の使者
魔力:0
筋力:23
知力:37
魅力:80
魔法:なし
「うそ……」
「まぁ、そんなもんじゃろ」
至近距離で鑑定してもらったボクのステータス。半日頑張ったのに、(魅力以外)思いっきり何にも変わってないじゃん!
★☆★
昨晩は、上がる気配すらないステータスと、魔法の“ま”の字も習得できない厳しい現実を前に完全凹みモードだったけど、その後、皆と囲んだ楽しい食卓のお陰でぐっすりと眠ることができた。
それでも、眠る前に一悶着(ひともんちゃく)あったんだ。
明日は一日独りで森に入りたいと申し出たボクに、心配したリザさんが当然のように猛反対してきた。
でも、エリ婆さんが根気よく説得してくれた。これから先、辛くなっても独りで生き抜けるようにってね。
ボク自身、やりたいことも、やりたくないこともあったから、エリ婆さんの強引な説得は有難かった。とにかく、試行錯誤するための時間が欲しかったから。勿論、不安も一杯あるけどね。
異世界生活二日目は、朝早くに目が覚めた。
支度を終え、早朝のエリ村を散歩する。
教会脇に聳(そび)える聖樹の傘は、朝露を浴びてきらきらと輝いている。村を囲む結界も、天から降り注ぐ朝日と、大森林から漂う濃霧を受けて、オーロラのように煌(きらめ)いている。
想像を遥かに超えた幻想的な世界を目の当たりにして、思わず溜息が漏れる。
教会の裏手には、1a(アール)くらいのよく手入れが行き届いた農園らしきものが見える。そこで農作業をしている何人かが手を休めてこちらを窺っている。まだ日の出から一時間も経っていないのに、皆さん早起きだ。
笑顔で手を振り、軽くお辞儀をしながら通り過ぎると、彼らはニコニコしながら作業に戻っていった。
しばらく様子を眺めていると、木の鍬か何かで畑を耕し始めた。まるで中世の田園風景を一部切り取ったかのような光景だった。
ぐるっと村を一周した後、中央付近にある広場のような場所に辿り着く。
そこには円形に造られた花壇があり、それを囲うようにいくつものベンチが並んでいる。
そこで子どもたちが遊んでいた。小さなロリエルフ娘が二人、あとは中性的な細身の可愛い子と、昨日セクハラしてきた背の高い男の子の、小学生エルフ四人組だ。
「リンネお姉ちゃんだ!」
「遊ぼう、ねぇ、遊ぼうよ!」
ちびっ子に両腕を引っ張られてクルクル回る。目が回って転ぶ前に、二人を抱きかかえてヒコーキごっこ。
「おい貧乳! おいってば!」
「えっ、ボクのこと?」
例の男の子が懲りずに変なことを言ってくる。
「なによ」
歩み寄り、正義の鉄槌を繰り出す準備をしながら睨み付ける。
「お前さぁ、この村を出るんだって?」
目線を合わそうとしない逃げ腰な奴ほど、からかいたくなってくる。
「王都がボクを待ってるんだ!」
「行くな! いや、行かないでくれ」
えっ?
もの凄く強い力で服を掴まれ、仕方なしに女の子二人を着陸させる。
「俺と……俺と一緒に、この村で暮らさないか?」
「……」
いきなりの大胆プロポーズに、ボクは何も言えずに固まってしまった。
「幸せにするから! 絶対に!」
「……」
至近距離で見つめられる。
金髪で碧眼、エルフって神々しいほど綺麗――。
「ニール、いい加減にしなって! お姉ちゃん、固まってるよ?」
彼の澄んだ瞳に見惚れていたボクを、あの中性的な美少年が助けてくれた。
「お姉ちゃん、早く逃げて! こいつはアタシが抑えるから!」
アタシってことは、女の子なの?
いや、ボクっ娘もいるんだ、アタシ男子もいるかもしれない。
そんなことより――ここはお言葉に甘えさせてもらって退散しよう。
「可愛いエルフさん、ありがと。またね!」
ボクは、色とりどりの花が縁取るくねくね道を一気に駆け下り、結界の外、魔物の巣くう大森林へと飛び出した。