キミに贈る物語

第1話 - 001 Glowing sunset

AW2020/02/20 05:59
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(中略)


 俺たちは当初のシナリオ通り、ニューヨークにある国連本部へと向かった――』


「こんな感じのストーリー展開だけど……どうかな」


 俺は読書感想文ですら人に見られたくないくらいシャイだ。自分の感想を見られたり、それに対する感想を聴くこと自体は別にいい。


 文章は人の内面を殊更にさらけ出す。だからこそ、自分自身を否定されるんじゃないかという恐怖が嫌なんだ。


「うん、面白いと思うよ」


 少しの間を置いて、彼女が呟いた。


 少しの間も置かず、俺は言い返す。


「社交辞令おつ。まぁ、何度でも書き直すからアイデアくらいは出してくれよな」


「えぇー、私なんかじゃ無理だよー。誤字脱字を探すくらいしか――」


 小さくなる彼女のトーンを引き継ぐように、もう一人が慌てて呟く。


「てかさ、そもそも勝手に国なんて作れるもんなの? ムツゴロウ動物王国とか」


「俺も思った。一応、ネットで調べてみたんだけど、あれは独立国じゃなくてただの団体らしいよ」


 A4用紙三枚に纏めた資料をベッドに置き、二人に見せる。


『国家の権利及び義務に関する条約:1933年にモンテビデオで締結された、主権国家の資格要件を明記した条約。第一条で、国家とは"永久的住民、明確な領域、政府、外交能力を持つもの"と定められている。

 しかし、国際法上国家成立を認可する機関が存在しないため、いかなる行為があった場合に国家成立とみなすのかについては争いがある。従来、国際法上の国家成立は他国の承認によってなされるとする創設的効果説が有力であったが、第二次世界大戦後に相次いだ新興諸国誕生を経て、現在では、実効的な国家の成立のみで十分とする宣言的効果説が通説と考えられている――』


「で、これが実際に作られた国」


 プリントをさらっと捲めくり、2枚目を見せる。そこには各国の概要と年表、地図が纏まとめられている。


・アトランティス:ハリケーンと訴訟にて滅亡

・大カプリ共和国:大陸棚訴訟に敗訴し滅亡

・ニューアトランティス:大統領選後の嵐で滅亡

・アバロニア:国土貨物船が沈没し滅亡

・シーランド公国:建国38年後に売りに出される


「意外とあるのね。でも、建国なんて日本の憲法や法律で禁止されてるんじゃない?」


「うん、絶対にそう言うと思ったよ。じゃ、今度はこっち見てみ」


 3枚目を見せると、フォントが小さすぎたのか、3人の顔が急接近する。呼吸が止まる。息が苦しい。


『日本国憲法第七十七条:国の統治機構を破壊し、又はその領土において国権を排除して権力を行使し、その他憲法の定める統治の基本秩序を壊乱することを目的として暴動をした者は、内乱の罪とし……首謀者は、死刑又は無期禁錮に処する。

 同第八十一条:外国と通謀して日本国に対し武力を行使させた者は、死刑に処する――』


「怖ぇ……こんな小説書いて大丈夫なのか?」


「革命成功後は“行為が正当化されて犯罪性が否定される”らしいし、あとがきに“※本作はフィクションであり、実際の個人・団体・思想・宗教とは一切関係ありません”って一行書いておけばOK牧場、超余裕。お前ビビりすぎ、ヘタレすぎ」


 一歩下がって酸素を目一杯補給し、一息で幼馴染を蜂の巣にしてやった。


☆★☆


 ある日、俺はクラスの女子から一緒に小説を書かないかと誘われた。中3の春に東京の私立中から転入してきた子で、頭も良いし顔もなかなか可愛い子だ。さすがに2人でというのは気恥ずかしくて、俺の幼馴染でイラストが上手い男子も誘うことを条件に、承諾した。


 彼女がタイトルとあらすじを書き、俺がストーリー展開を担当し、友達がイラストを描く。自惚れるなと言われそうだけど、正直言って最強チームだと思った。


 しかし、夏休みが終わると同時に状況は一変する。彼女が突然入院してしまったのだ。


 因みに、彼女は既にロコモだ。ポケモンじゃない。ロコモティブシンドローム――日常生活が困難なくらいに運動器系が弱りきった状態ってこと。寝たきりとまでは言えないが、一日の大半をベッドの上で過ごすらしい。


 そのことを彼女から初めて聞かされたときは、正直羨ましいと思ったんだ。でも、全く違った。彼女を実際に目の当たりにして、最低な自分に嫌悪感を強く抱いた。


 それからは、主に俺と幼馴染で作業を進め、毎週日曜日に病室で全体会議を行って、修正と新たな方針決定をしていくことになった。


 三人とも学業優秀なうえ、部活動も引退していたから特に負担は感じなかった。とにかく、日曜日が待ち遠しかった。日曜日の為に頑張る毎日が、とても充実していて楽しかった。


☆★☆


「そこまで言うか……あ、これ登場人物のラフ画だけど、どう?」

 ノートに描かれたイラスト、めちゃくちゃ上手い。立ち絵だけじゃなく、ポーズ絵も何通りかあって、表情も様々。こいつを誘って正解だったな!


「この子、私みたい……」


 本当だ。


 身体の一部にやや誇張が見られるけど、髪型や顔立ちは彼女そっくり。パジャマ姿の彼女と見比べていたら目が合った。恥ずかしくて目を背けた俺を見て、彼女がクスクス笑う。


「おいっ、リアル晒しはNGだろ!」


「僕の好みで良いって言ってたじゃん」


「好みって……」


「あははっ、別に良いよ。逆に嬉しいかも」


「まぁ、本人が良いなら、俺は文句なんて言えないし」


 俺流“名作の定義”其の一が、メインヒロインが可愛いこと。だからこの場合、何も問題はない。俺も実は嬉しいかも。テンション上がってきちゃう。


「何ならお前も描いてやろうか? モブだけど」


「町人Aか」


「ごめん、Zくらい」


「でもそこは定番、金髪碧眼のイケメン?」


「ハゲメガネのデブメン」


「ボコス!」


 俺は咄嗟にプリントを丸め、即席の聖剣Zを創造(クリエイト)する。


「き、君にはイラストレーターを敵に回す勇気があるんだな!?」


 彼女の分身を盾に防ぐ幼馴染……くっ、完敗だ。


「す、すみません!」


「分かればいいんだ、分かれば」


「ふふっ、ほんと仲良しだね!」


 小さな口を手で押さえて笑う彼女。それこそ俺的最萌えポーズだったりする。


「まぁ、信頼関係があるからこそ、ここに居るってもんだ。よし、円陣を組むぞ! 三人の力を併せて“全国中学生短編小説コンクール”で優勝するぞ!」


「「おぅ!!」」


 差し出した俺の手の上に重ねられる2つの温もり。この温かさを俺は一生忘れない、忘れたくないと心に誓った。