今夜、私を殺してよ

第5話 - 今夜こそ、一緒に 2

櫻井音衣2020/10/15 19:02
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時計の針が8時を指した頃。

何も知らずに帰宅した彼は、テーブルに並べられた料理を見ると、いつになく嬉しそうに笑った。


「おっ、すごいごちそうだなぁ」

「一緒に暮らし始めて今日でちょうど1年でしょ。ちょっと奮発しちゃった」


いつもは買わない、血のように赤い贅沢なワインをグラスに注ぐ。

私が最後の晩餐に乾杯しようとグラスを手に取ると、彼は床に置いた鞄の中をゴソゴソと漁った。


「乾杯の前に、ちょっといい?」

「どうしたの?」


もしかしたら『妻と復縁することになったから別れよう』と言われるのかと思いながら、ワイングラスを静かにテーブルの上に置いた。

彼は鞄の中から取り出した何かをテーブルの下に隠し持って笑っている。


「妻が妊娠したんだ。今、3か月だって」

「えっ……妊娠?」


それはあなたの子なの?

そう尋ねたいのに、言葉が何ひとつ出てこない。

彼はテーブルの下で何かをギュッと握りしめた。

まさか私の殺意に気付いて、られる前にってしまおうと思ってる?!

妻との間に子供ができたから、邪魔な私を消してしまおうとしているの?

なんの凶器も持たず丸腰の状態の私の力では、彼の力には到底敵わないだろう。

思いもよらぬ事態に動揺して、テーブルに置いたワイングラスを倒してしまいそうになる。


ああ、でも私を殺せば、彼は一生私を忘れることはないだろう。

最期に視界に映るのが彼ならば、私はきっと幸せにこの人生を終えることができる。

憎むほど愛する彼に殺されるなら本望だ。