第2話 - 1話
「ああ疲れたー、もう仕事なんてしたくな~い!」
玄関から入って居間にあるソファに倒れこむ。 その間にまるで軌跡のように脱ぎ散らかされた服、スカートを拾い上げながら私は苦笑する。
「だらしないですよ?」
「だって疲れたんだもん」
少しだけ吊り上がった瞳に拗ねたような色を浮かべながら唇を尖らせる彼女は耳につけていたピアスを私に手渡す。
足元に置かれたハンドバッグは彼女の状態を表すようにフローリングの床でグタリと形を崩している。
「今日はどうしたんですか?いつもよりご機嫌斜めですね」
「別に~、バイト先の店長がむかついただけ~」
ソファーに寝そべりながら器用にブラウスを脱ぎ捨て、足元に降ろそうとしたところで強引にそれを奪う。
「も~う、シワになっちゃうでしょ?」
「はいはい、ごめんなさ~い」
まったくもう、なんて手のかかる人なんだろう。 これでも私より年上なんだから始末が悪い。
ブツブツと文句を言いながら、私は洗濯機まで彼女の脱ぎ散らかしたものを拾い上げながら持っていく。
これは後で、これは色移りしちゃうから別で洗わないと。
一通り分別して、戻ると彼女は例のだらしない格好のまま足を投げ出してスマホを見つめていた。
「祥子さん、そういえば電気料金の督促状が来てましたよ、いい加減、払わないと電気止められますよ」
「ああ…うん…そうね」
返事は素っ気無い。 でもそれもしょうがない。 こんなときはいつもこうなのだ。
「次のイベントでやる予定のやつですか?」
まるでスマホにキスをするかのように液晶画面に近づけている顔のすぐ横に移動して除きこむと、小さく舌打ちをして彼女はそれを隠した。
「ああ、ズル~い。見せてくださいよ」
「まだ、駄目!」
包み込むようにスマホごと背中を丸めて包み込んでしまう。 振り返る頬は頬をぷっくりと膨らませながら。
「もう子供じゃないんだから」
「ふ~んだ、まだ二十五だもん」
「もう、でしょう?本当に私より三つも年上なんですか?」
がばりと起き上がって抗議する。
「ああ~、ひっど~い!おばさん扱いした!」
「してませんよ…せいぜいお姉さん扱いでしょう」
「絶対してる!」
「はいはい」
見た目とステージに立った時のあんまりなアンバランスさに笑いが我慢しきれなくなったので背中を向けて台所に向かう。
さすがにこれ以上笑ったら本格的に拗ねてしまうとわかったから。
本当にこれがあの詩人 『久遠』なんですかね?
往年から衰退しつつある詩の世界から現れた稀代の新星!
テーブルの隅に置かれた雑誌の表紙にでかでかと書かれたキャッチフレーズ、そして私が好きになったあのステージ上の彼女の写真。
その当人はいま私の後ろでゴロゴロと転がりながら『ウ~ン、こうでもない…何か違~う!』と唸っている。
「あっ、そうだ美咲!夕飯作るなら、ピーマンは入れないでよ!」
「…いい加減好き嫌いは直しましょうよ」
「やだ!だって苦いんだもん、それに緑の絵の具で塗ったくったみたいで気持ち悪い」
彼女はそう言うと苦いものを噛み潰したような顔でまたスマホに向き合う。
その背中を見ながら、私はため息を一つだけつくのだった。