
不思議の国、ジャパン(10) (パウロ・ボケ)
私はユタ州の生まれ育った地区の教会で、プライマリークラスに出席していた頃から次の聖句を学んできました。
主は黙示録第3章で、ラオデキアの教会の天使になまぬるさについて話しかけられました。
ヨハネの黙示録第3章15-19節
「わたしはあなたのわざを知っている。あなたは冷たくもなく、熱くもない。むしろ、冷たいか熱いかであってほしい。このように、熱くもなく、冷たくもなく、なまぬるいので、あなたを口から吐き出そう。
つまり、神様は
「冷たいか熱いかを望まれて、どちらつかずの生ぬるいものはお嫌いなんだ」
ということを胸に刻んで育ってきました。
子供の頃、母が
「ダウンタウンに行くけど、ついてくる?」
と言われた時、Whichever is fine. (どちらでもいいけど)
と答えたら、
「イエスかノーか明確に答えなければなりません」
と説教されたことを覚えています。
学校で科学を習った時も、
「実験結果を見れば、仮説が正しいか間違いか分かります」
と、説明を受けて納得したものです。「正しいと間違いの中間」なんて結果は、科学には存在しないのです。
そして、ALTとして日本に来て驚愕したのです。ニッポンでは、学校でアメリカで教わったことと真逆のことを教えているのです。何事を決めるにも、周囲の空気を読んで多数派に追随するのがベストらしいのです。
賛成、反対を明確にしてはならないらしいので、私は尋ねました。
「どうして皆さん、ご自分の意見を明確にしないのですか?」
すると、こう説明を受けました。
「賛成、反対を明確に述べて対立してトラブルになるより曖昧な態度が大人のとる道」
だそうです。
これは、神様が一番嫌う、人としてやってはいけないことだと教わりました。でも、ニッポンでは“中庸”といってブラックでもホワイトでもない灰色の決着が求められます。私は大いにフラストレーションを感じたものです。
たとえば、生徒の方に
「私に質問があれば、メルアドはこれなのでいつでもどうぞ」
と話したら、即座に否定されました。理由を尋ねると
「前例がない。最近、生徒に性的な暴行をする教師もいて個人的メールは禁止です」
だそうです。
とにかく、“何も新しいことはしない”のがコームインとしての正しい態度だと言われました。私が変態かのように言われたと傷つきました。生徒もALTと接する機会を奪われて気の毒だと思いました。
日本はアメリカの同盟国で、民主主義の国だと聞きました。しかし、実際に住んでみると中国や北朝鮮のような全体主義国家に近いと感じています。学校で、下着や髪型まで指定するブラック校則が問題になっています。でも、教頭、教育委員会、文科省が同意するまで“何もしない”のが公務員の仕事らしいのです。
このような学校は、アメリカの定義では民主的な学校とは申しません。
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