本多 狼2020/11/08 02:50
フォロー

 日が傾き始める前に、一行はサルトゥスの森へ辿り着いた。

 

「みんな、注意して進もう。必ず、生きて帰るんだ。僕は、誰も失いたくない――」

 メルが思いを口にする。

 全員が同じ思いで、深くうなずいた。

 

 しばらく進むと、開けた場所に出た。メルは、故郷の森の作業場を思い出した。

 さっきまで気が付かなかったが、森の奥のほうに煙が立ち上っていた。

 まるで、ここに向かってこいと言わんばかりに。

 

「きっとあそこだ。行くぞ」

 バズがそう言ったときだった。

「待って、何か来るわ……簡単には行かせないってことね」

 アウラが敵に気付いて、神経を研ぎ澄ませる。

 

 やがて木々の間から現れたのは、四メートルはあろうかという巨大なクマだった。

 その傍らには、緑のローブをまとった女が立っている。

 

「さあ、始めましょうか。私はヒュリ。ゴールは――もうすぐよ」

 

「で、でっかいフム」

「チッ、やるしかない」

 バズが、メルに目で合図を送った。

 

 接近戦は避けたい。

 そう思ったメルは、クマに向かって矢を放った。

(イちバんノりーッ!)

 小気味いい音を立て、矢はクマへ向かっていく。

 そして、胸の辺りへ命中した。

 だが、雄叫びを上げたクマの胸から、矢は力なく地へ落ちた。

「ハエデモ、ヨッテキタノカ?」

「だめだ、効いてない」

 それでもメルは手を休めず、次の矢を放つ準備をする。

(まッてマしタ。はヤくハやク~)

 

「効かないわよ、そんなおもちゃみたいなもの。ウルスス、あんたのスピードとパワーを見せてやりなさい!」

「グオオオオッ、シネーッ!」

 ウルススと呼ばれたクマが、メルに向かって突進してくる。

 

「メル、アタシが行くわ。バインドの力を使って!」

「分かった――」

 メルは瞬時に反応し、弓をあきらめて、ナイフをアウラに送る準備へ移った。

 その近くでフムスとヴィオがシールドを展開させる。

 炎の力をまとったストラールは、上空から攻撃の機会をうかがっている。

 この連携なら、きっといける!

 バズはそう確信した。

 

 フムスの水のシールドは、分厚い氷のような堅固さでウルススの突撃を防いだ。

 しかし、予想以上にウルススの力は強く、大きなひびが入っている。

「コオリ、ナノカ?」

 そこへ左右から同時に、アウラとストラールが攻撃を仕掛けた。

 

 炎に包まれたストラールの急降下攻撃。

「ワシが決めるのじゃ」

 鋭い爪とくちばしがウルススの右肩に突き刺さる。

 

 アウラは素早い動きでウルススの左側に回り込み、腰の辺りに噛み付いた。

(おメえハ、はチみツなメてリゃイいンだヨ!)

 そのまま、メルから送られてきたナイフ(一号)を前足で強く刺し込む。

 

「決まった!」

 バズが見事な連携攻撃に声を上げた。

 

 しかし、ウルススに苦しむ様子は見られない。

「カユクモ、ナイゾ……」

「なんで……どうしてなの」

 ヴィオが困惑した様子でつぶやく。

 アウラもストラールも、諦めずにウルススの大きな爪をかわしながら攻め立てる。

 だが、ウルススの体に一向にダメージを与えることができない。

 

 攻めているはずなのに、刻々と時間ばかりが過ぎていく。

 攻めているはずなのに、疲れていくのはこちらばかりだ。

 

 ストラールは、日が沈みかけていることに気付き、バズに耳打ちする。

「こやつはまさに我々を進ませないための城壁じゃ。時間がない……ここはワシらでやるのじゃ」

 バズは、力強くうなずいた。

「ここは俺たちに任せろ! メルやヴィオたちは先に行ってくれ」

 みんな、時間のことが気になっていた。

 力は分断されるが、ベスタに辿り着かなくては、意味がない。

 

 バズの真剣な表情を見て、みんなの心は決まった。

「フムフム、ここは頼んだフム!」

「ベスタは、アタシたちが倒すわ!」

「僕が、フロールを必ず救ってみせる!」

「バズ、ストラール、絶対に、絶対にあとから来てくださいね!」

 四人は、振り返ることなく煙の上がる方向へ走って行く。

 きっと、また会えると信じて。

 

「さぁて、ワクワクしてきたぜ。俺は、負けない!」

「ワシもじゃ」

 

 バズは剣を抜き、ウルススと対峙する。

「ヤルキ、ナノカ?」

「そういう強気な男、嫌いじゃないわよ。鉄壁のウルススを越えられるかしら?」

 ヒュリは唇を舐め、妖艶で残忍な笑みを浮かべた。