第37話 - VS.シャグラン&ティブロン①
ラーゴ湖に着いたメルたちは、さっそく湖面の様子を確認する。
「大きな湖――こんなに広いなんて……初めて見た」
フロールが驚きの声を上げる。
「ほんとだね。村の近くには川と池しかなかったもんね」
メルにとっても、湖は想像以上の大きさだった。
事件のせいで漁は中止となり、人の姿は見当たらなかった。
舟を管理する漁師がわずかに二人、怯えながら隠れて残っているだけである。
そのうちの一人が依頼をした人物のようで、バズがいろいろと話を聞いていた。
「人がいないのなら、心おきなく戦えるわね」
アウラが、すぐにでも戦いたい、そんな様子で口を開いた。
しかし、偵察から戻ってきたストラールが、険しい表情で状況を伝える。
「湖の中央にある小島に、敵は陣取っているようじゃ。ワシ以外は、舟で近付くしかなさそうじゃの」
「フムフム、それはつまり……自殺行為だフム」
「こっちの動きがずいぶんと制限されるわね」
フロールも、予想どおりの不利な状況を素直に認めざるをえない。
「どうしよう……ヴィオ、泳げないんです……」
「安心して。舟の上でサポートしてくれればいいからさ」
メルが優しく声を掛けた。
そのときだった。
「誰かっ、助けてーーっ!」
離れたところから、女の子の叫び声が上がった。
メルが後方を振り返ると、砂浜で遊んでいた子どもたちに向かって、何かが迫っていた。
あれは――さっきの姉弟だ!
話に気を取られていて、人がいることに気付かなかった……。
メルは慌てて子どもたちのほうへ駆け出した。
頼む、頼むから、間に合って――。
アウラとストラール、そしてバズがあとに続く。
「親父さん、舟を出してくれ! フロールたちはそれに乗るんだ、頼んだぞ!」
バズが走りながら指示を出す。
「分かったわ」
「今行くフム」
フロールは、不安そうに無言で走っているヴィオに声を掛ける。
「大丈夫よ、ヴィオ。私が付いているから」
ここからでもすでに、背びれがはっきりと見える。
間違いなくあいつだ。そして、間違いなく大きい――。
メルは、走りながら矢を放つ準備をする。
当たらなくてもいい。ひるませるだけで、いいんだ。
砂浜で立ちすくむ子どもたちに、サメが迫る。三メートルはあるだろうか――。
浅瀬などまったく気にする様子もなく、凶暴な狩人が全身をあらわにした。
信じられないことに、陸に上がってもそのスピードが衰えることはなかった。
「嘘……サメって陸でも自由に動けるの?」
フロールが自分の頬をつねりながら、目の前の光景が夢ではないことを確かめていた。
「粉々に砕いてやるゥ」
サメは、大きく口を開けて男の子に食らい付こうとする。
(ひーローのトうジょウだゼいッ)
だが、サメはメルの放った矢に気付き、直前でその体を反転させた。
「チッ」
尾びれで矢を弾き飛ばし、子どもたちは水しぶきと共に後方へ吹き飛ばされる。
バズが辛うじて男の子を受け止め、アウラは身を挺して姉を衝撃から守った。
ストラールが急降下してその鋭い爪で襲いかかろうとする。
メルも次の矢を準備する。
(エ~っ……サかナくサくナっチゃウ~)
しかし、そのどちらもサメに届くことはなかった。
「危ないっ!」
バズの声で、ストラールもメルも攻撃を止める。
うなりを上げて飛んで来た二つのブーメランを、二人は間一髪でかわした。
姿を隠すには十分な深さまで潜ったサメの背に、いつの間にか男が立っていた。
「思ったよりも歯応えがありそうな連中だな。俺の名は、シャグランだ。今日は獲物がいっぱいだぜ、ティブロン。遠慮なくやっちまえ――」
「うまそうなのがいっぱいだァ」
ティブロン、そう呼ばれた人食いザメは、水も陸も気にせず縦横無尽に動き回る。
シャグランも、信じられない身体能力で、サメの背に立ち続けていた。
バズとアウラが、子どもたちを安全な場所へ避難させて戻ってくる。
(むリむリむリ、あソこマでイけナいッてバ)
その間にメルは、次の矢をシャグラン目がけて放っていた。
それに気付いて水中に飛び込んだシャグランは、次の獲物を見つけて狂喜する。
「ティブロン、行くぞ。舟で来るとはいい度胸だ。死にに来たようなもんだからな!」
フロールたちの乗った無防備な舟が、こちらへ向かって近付いてきていた。
「まずい――舟が狙われる!」
「泳いで行くしかない。助けるんだ!」
バズとメルは、迷わず湖へ入った。
「ストラール、お願い――二人を――みんなを、守って!」
「ワシに任せとけー」
アウラは、激しさを増す波の行方を、ただ見つめるしかなかった。
シャグランとティブロンは、バズとメルが湖に飛び込んだのを確かめて、不敵な笑みを浮かべた。
二人は、この瞬間を待っていたのだ。
「地獄を見せてやるぜ」
「馬鹿なやつらだァ」
ティブロンの背に立ったシャグランが、大きくジャンプする。
それを合図に、ティブロンは体を反転させ、尾びれで湖面を薙ぎ払った。
瞬く間にその前方が凍り付いていく。
その氷の波は、バズとメルに容赦なく襲いかかった。
やがて、二人はなすすべもなく厚い氷に囚われた。
再びティブロンの背に降り立ったシャグランが、凍り付くような冷たい声で告げる。
「ジ・エンド――」