オオカミか幼なじみか選べない……。

第37話 - VS.シャグラン&ティブロン①

本多 狼2020/10/25 04:47
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 ラーゴ湖に着いたメルたちは、さっそく湖面の様子を確認する。

「大きな湖――こんなに広いなんて……初めて見た」

 フロールが驚きの声を上げる。

「ほんとだね。村の近くには川と池しかなかったもんね」

 メルにとっても、湖は想像以上の大きさだった。

 

 事件のせいで漁は中止となり、人の姿は見当たらなかった。

 舟を管理する漁師がわずかに二人、怯えながら隠れて残っているだけである。

 そのうちの一人が依頼をした人物のようで、バズがいろいろと話を聞いていた。

 

「人がいないのなら、心おきなく戦えるわね」

 アウラが、すぐにでも戦いたい、そんな様子で口を開いた。

 しかし、偵察から戻ってきたストラールが、険しい表情で状況を伝える。

 

「湖の中央にある小島に、敵は陣取っているようじゃ。ワシ以外は、舟で近付くしかなさそうじゃの」

「フムフム、それはつまり……自殺行為だフム」

「こっちの動きがずいぶんと制限されるわね」

 フロールも、予想どおりの不利な状況を素直に認めざるをえない。

「どうしよう……ヴィオ、泳げないんです……」

「安心して。舟の上でサポートしてくれればいいからさ」

 メルが優しく声を掛けた。

 

 そのときだった。

「誰かっ、助けてーーっ!」 

 離れたところから、女の子の叫び声が上がった。

 

 メルが後方を振り返ると、砂浜で遊んでいた子どもたちに向かって、何かが迫っていた。

 あれは――さっきの姉弟だ!

 話に気を取られていて、人がいることに気付かなかった……。

 メルは慌てて子どもたちのほうへ駆け出した。

 頼む、頼むから、間に合って――。

 アウラとストラール、そしてバズがあとに続く。

 

「親父さん、舟を出してくれ! フロールたちはそれに乗るんだ、頼んだぞ!」

 バズが走りながら指示を出す。

「分かったわ」

「今行くフム」

 フロールは、不安そうに無言で走っているヴィオに声を掛ける。

「大丈夫よ、ヴィオ。私が付いているから」

 

 ここからでもすでに、背びれがはっきりと見える。

 間違いなくあいつだ。そして、間違いなく大きい――。

 メルは、走りながら矢を放つ準備をする。

 当たらなくてもいい。ひるませるだけで、いいんだ。

 

 砂浜で立ちすくむ子どもたちに、サメが迫る。三メートルはあるだろうか――。

 浅瀬などまったく気にする様子もなく、凶暴な狩人が全身をあらわにした。

 

 信じられないことに、陸に上がってもそのスピードが衰えることはなかった。

「嘘……サメって陸でも自由に動けるの?」

 フロールが自分の頬をつねりながら、目の前の光景が夢ではないことを確かめていた。

 

「粉々に砕いてやるゥ」

 サメは、大きく口を開けて男の子に食らい付こうとする。

(ひーローのトうジょウだゼいッ)

 だが、サメはメルの放った矢に気付き、直前でその体を反転させた。

「チッ」

 尾びれで矢を弾き飛ばし、子どもたちは水しぶきと共に後方へ吹き飛ばされる。

 バズが辛うじて男の子を受け止め、アウラは身を挺して姉を衝撃から守った。

 ストラールが急降下してその鋭い爪で襲いかかろうとする。

 メルも次の矢を準備する。

(エ~っ……サかナくサくナっチゃウ~)

 

 しかし、そのどちらもサメに届くことはなかった。

「危ないっ!」

 バズの声で、ストラールもメルも攻撃を止める。

 うなりを上げて飛んで来た二つのブーメランを、二人は間一髪でかわした。

 

 姿を隠すには十分な深さまで潜ったサメの背に、いつの間にか男が立っていた。

 

「思ったよりも歯応えがありそうな連中だな。俺の名は、シャグランだ。今日は獲物がいっぱいだぜ、ティブロン。遠慮なくやっちまえ――」

「うまそうなのがいっぱいだァ」

 ティブロン、そう呼ばれた人食いザメは、水も陸も気にせず縦横無尽に動き回る。

 シャグランも、信じられない身体能力で、サメの背に立ち続けていた。

 

 バズとアウラが、子どもたちを安全な場所へ避難させて戻ってくる。

(むリむリむリ、あソこマでイけナいッてバ)

 その間にメルは、次の矢をシャグラン目がけて放っていた。

 それに気付いて水中に飛び込んだシャグランは、次の獲物を見つけて狂喜する。

「ティブロン、行くぞ。舟で来るとはいい度胸だ。死にに来たようなもんだからな!」

 フロールたちの乗った無防備な舟が、こちらへ向かって近付いてきていた。

 

「まずい――舟が狙われる!」

「泳いで行くしかない。助けるんだ!」

 バズとメルは、迷わず湖へ入った。

「ストラール、お願い――二人を――みんなを、守って!」

「ワシに任せとけー」

 アウラは、激しさを増す波の行方を、ただ見つめるしかなかった。

 

 シャグランとティブロンは、バズとメルが湖に飛び込んだのを確かめて、不敵な笑みを浮かべた。

 二人は、この瞬間を待っていたのだ。

「地獄を見せてやるぜ」

「馬鹿なやつらだァ」

 

 ティブロンの背に立ったシャグランが、大きくジャンプする。

 それを合図に、ティブロンは体を反転させ、尾びれで湖面を薙ぎ払った。

 瞬く間にその前方が凍り付いていく。

 その氷の波は、バズとメルに容赦なく襲いかかった。

 

 やがて、二人はなすすべもなく厚い氷に囚われた。

 

 再びティブロンの背に降り立ったシャグランが、凍り付くような冷たい声で告げる。

「ジ・エンド――」