第15話 - 恋人ごっこ 6
どうすればねえさんを安心させてあげられるだろう。
僕の隣で安心してくれたら、ぐっすり眠らせてあげられるのに。
僕は子供を寝付かせる時のように、ねえさんの背中をトントンと優しく叩いた。
「僕で良ければ、ねえさんが安心してぐっすり眠れるように……もし目が覚めても一人で泣かなくて済むように……こうしてそばにいます」
「アンチャン、やっぱり優しいなぁ……」
ねえさんは僕の背中に腕をまわして、僕をギュッと抱きしめた。
やっと少しおさまっていたのに、突然ねえさんに抱きしめられて、また鼓動が速くなる。
「アンチャン、今のままでもじゅうぶんええ男やで」
「……そんなことない……」
非力で無力な自分を隠すために優しいふりなんかしている僕は、ねえさんにそんなふうに言ってもらえるような男じゃない。
僕が本当にいい男なら、きっとねえさんをまるごと包み込んで、受け止められるはずだ。
ねえさんが背負ってきたものは、僕には想像もつかないほど、重くて悲しい。
ねえさんはたった一人で、華奢な体でその重さに耐えてきたんだ。
僕はそれを少しでも軽くしてあげられるだろうか?
ねえさんが望んでくれるなら、ずっとそばにいるのに。
「もっと自分に自信持てって言うたのに」
「どうすれば自信なんて持てるんだろう……。自信持てるようなもの、僕はなんにも持ってない」
「そのまんまでええよ」
ねえさんは両手で僕の頬を包んで、僕の目をじっと見つめた。
「なぁ、アンチャン……。恋人ごっこの続きでもしよか」
「えっ……?」
一体何を言い出すんだ?
恋人ごっこの続きって、なんなんだ?!
それはもしかして、好きとかそんな恋愛感情はないけれど、遊びでなら一度くらい体の関係を持ってもいいって、そう言ってる?
心臓が壊れそうなくらい大きな音をたてて、また身体中の血が沸き立つように熱くなる。
「そのつもりで連れて来たんとちゃうの?」
たしかに、まったく考えなかったと言ったら嘘になるけれど、僕は遊びなんかでねえさんをどうにかしたいなんて思っていないんだ。
「恋人ごっこなんて、しない……」
ひどく掠れた声が、僕の口からこぼれた。
「……ん?」
ねえさんは僕の目を覗き込むようにして、少し首をかしげた。
「僕は、そんないい加減な気持ちで……ねえさんを……」
不意に、唇に柔らかいものが触れた。
ねえさんが、唇で僕の唇を塞いで、僕の言葉を遮ったのだ。
ねえさんにキスされているのだと理解すると、僕の頭の中は真っ白になった。
「今だけ……遊びじゃなくて、本気になろ」
ねえさんが小さく呟いた。
「今だけ……?」
「うん、今だけ……恋人になろ」
そんなの、遊びと同じじゃないか。
今だけとか、遊びなんかじゃイヤだ。
「ねえさん、僕は……!」
「お願い、もう黙って」
ねえさんはまた僕の唇を塞いだ。
ねえさんの唇の柔らかさとか、絡められた舌の温かさに、頭がボーッとしてしまう。
ねえさんが、欲しい。
遊びなんかじゃなくて、本気で、ねえさんのすべてが欲しい。
精一杯理性で抑えていたはずの本能が、堰を切ったように溢れだした。
僕はねえさんの頭を引き寄せて、貪るように唇を重ねた。
ねえさんが、好きだ。
安い建前とか理性なんかでは抑えきれない。
僕は全身でねえさんを求めた。
わけもわからなくなるくらい、ただがむしゃらにねえさんを抱きしめて、この手でねえさんの肌に触れ、柔らかい部分に舌を這わせた。
今だけなんて言わずに、ずっと僕の腕の中で、僕だけを感じていて欲しい。
ねえさんがいつも安心して笑っているれるように、強くなるから。
カーテンの隙間から射し込む日射しの眩しさに目を覚ました。
随分日が高くなっているのだろう。
僕はゆっくりと目を開く。
夕べ一緒に眠ったはずのねえさんの姿は、そこになかった。
「……ねえさん?」
起き上がり、部屋の中を見回した。
エアコンが冷たい風を吐き出す音と、冷蔵庫のモーター音が微かに響く以外は、何一つ物音がしない。
「ねえさん……いないの……?」
僕の貸した部屋着が、ベッドのそばにきちんとたたまれて置かれていた。
たしかにねえさんはここにいたはずなのに、ベッドはもう、ねえさんの体温をすっかり失って冷たくなっている。
「なんで……?なんで何も言わずに出て行っちゃうんだよ……」