第6話 - 悪夢② side Kanata
今朝は最高に気分が悪い。
笑えるぐらい頭が痛いし、吐き気が込み上げてくる。
「っ……クソッ!」
ベッドを殴ってみるもののスプリングが悲鳴をあげるだけで一向にイライラは治まらない。気分だって良くなるはずもない。
何でまたあんな夢!
昨日生徒会室で見たのと同じ夢が一晩中繰り返されて、眠った心地がしない。うなされてうなされて、朝目覚めた時、全身汗びっしょりで泣いていた。
「あぁ……マジでキツいな」
天を仰いで一人呟くと、下の階から「カナー! 朝よ起きなさーい!」と母さんの声が聴こえてくる。
仕方なく重い身体に鞭を打って着替え、リビングへ降りる。
「顔色悪いわよ? 大丈夫?」
家を出るまで仕切りに母さんが聞いてきたが、頷くだけで何も答えられなかった。酷い頭痛で声を発するのさえ億劫だったから。
少なめの朝食を摂って家を出る。
緩やかに自転車を漕いでいると、夕凪さんの言葉を思い出す。
逃げようとしても無駄、か……。
確かに、相手がどう思っているかは分からないが、同じ学校に通っている限り否が応でも何処かで顔を合わせるかもしれない。何しろこの状況で僕は、やはり避ける事を考えてしまっている。
けれど思考を巡らせれば巡らせる程頭痛が強くなるので、無心でペダルを動かすことにした。
◆❖◇◇❖◆
気が付くともう学校の前まで来ていた。
黒塗りの高級車が数台校内へ滑り込んで行く。それを見た生徒達が少し興奮したように車の後を追って走り出した。口々に「会長だ!」と言っているのが耳に届く。
学園でアイツはヒーローなのかよ。
内心で悪態を吐きつつ、なるべく遅めに到着しようと校門を目前にして自転車を降り押して歩く。使用者の少ないガランとしている駐輪場まで着くと、自転車を停め鍵をかける動作を普段よりも遅めに行い、ゆっくりと昇降口へ向かう。
すでにアイツは車から降り靴箱の辺りにいるようだ。周りには凄い人集りが出来ていたので、顔を見なくて済むと安心した。
その途端、事に気を取られて和らいでいた頭痛が思い出したかのようにぶり返す。
上靴に履き替え、人集りとは反対方向の教室にこめかみ辺りを押えながら向かっていると後ろから声をかけられる。
「おはよーカナちゃん。ん? どした。頭痛いの?」
振り返ると聿流と雪がそこに居た。
「おはよう。今朝起きてからずっと頭痛がしてさぁ。結局昨日休まないでゲームし過ぎたせいかな〜」
嘘を吐きつつオーバーリアクションをしたら聿流が「何だよ心配して損した」と笑う。しかし雪の方はさらに険しい表情になって、消え入りそうな声を出す。
「無理、しない方が良いよ」
彼にはあまり嘘が通じないらしい。
「うん、ありがと。けど大丈夫だよ」
とは言ったものの、やっぱ痛いかも。
教室に入り席に着くと校内放送で聞き覚えのある声が流れてくる。
『呼び出しを行います。Knightsのメンバーは至急生徒会室へ来て下さい。繰り返します……』
「げ、呼び出しだ! たりぃなぁもう。ちょっと行ってくる」
放送主は恐らく夕凪さんで、それを聞くやいなや悪態を吐きつつ立ち上がった聿流は僕等に向かって手を振って駆けて行く。
すると近くに居た数人のクラスメイトが、何故か僕の机周辺に集まって来て会話を始める。
「今日は早速Knightsの召集か」
「てか、さっきから何? そのナイツって」
片言の外国人みたいになったが、今の単語をスルーする訳にはいかない。
「宮津くん知らないの? 他校の人にも結構有名なのに」
女子生徒がそう語り掛けてくるけれど、何の事やらさっぱりだ。
「いや、ごめん全く知らない。何が有名なの?」
そう言った僕に梶田という男子生徒が嬉々として説明を開始する。セレブな生徒達の中で、一番親しみやすさを感じたのが彼だ。そんな様子を、僕の前の席に座る雪は面倒くさそうな顔で眺めている。
「学園生活の秩序を守るという名目で、蘇芳会長が独断で創設したんだ。蘇芳学園の保安部隊とも呼ばれてる」
意外な解説に突っ込まざるを得なかった。
「秩序とか保安とか、天下の蘇芳学園なんだから不良生徒みたいなのはいないでしょ」
まだ入学2日目だけど、見る限り生徒達は皆優等生と言った感じだ。どこがどう悪いのだろうか。
「ん〜……そこはまぁ表向きは良くても、裏では相当な問題が色々あるんだよ」
梶谷は先程より随分と声のトーンを落として説明を続けてくれる。
「全然そんな事がある様に見えないんだけど」
「だから創ったんじゃないかな? 目に見えない問題があるからこそKnightsを創ったんだろうし。しかも出来て今年で3年目になるけど、過ごしやすくなったって聞くよ」
聞き捨てならない梶谷の言葉に素早く反応した。
「ん? 待って。3年目って、今の会長はいつから会長やってんの?」
「良い所に気が付いたね、宮津君。何を隠そう蘇芳恋会長は蘇芳学園史上初の中等部3年の時に当選したんだ」
段々と梶谷は気合いの入った熱弁になってくる。一緒に周りの生徒達の瞳も輝く。
「え、それ学校側はOKしたんだ?」
「もちろん最初は先生方の猛反対を食らったらしいけど、何をどうやったのか会長と生徒会顧問がタッグを組んで、いつの間にか説き伏せたみたいでさ。まぁそもそも、特に何年生じゃないと立候補出来ないなんて規定もないし問題ないだろって、生徒会顧問はあっけらかんと言ってたって噂だよ」
話を終えてもなお会長について語り合っているクラスメイト達の目は、最愛の人を想う瞳だった。
「えっ……とぉ。お話中悪いんだけど、一つ素朴な疑問」
何だかそれを遮るのは反感を買いそうなので、律儀に手を挙げてみる。
「話戻るんだけど、Knightsっていうのはどうやって決まるの? 生徒会と同じく選挙?」
「いや、それがまた違うんだ。学業の成績が優秀って所は生徒会と同じなんだけど、それに加えて運動能力か武術に優れてる生徒8名を会長が自ら指名するんだ」
梶谷の説明に数人の女子生徒が付け足す。
「あと顔もだよ!」
「そうそう! 絶対容姿も選定基準に入ってるわ。だって皆さん美形揃いだもの!」
そう話す彼女達は何やら楽しそうだ。ふ〜んと気のない返事をしたにも関わらず、梶谷の解説はまだ続く。
「聿流様は去年の初めにKnights入りが決まって、その頃から校内保安活動にも参加してるんだ」
「聿流、さまぁ!?」
驚きの余りつい叫んでしまう。思い返せば、皆が聿流に対してやけに敬語を使っているなとは感じていたけれど、同級生に〝様〟までつけるとは。
何なの? この学校。つか聿流って、何者?
「どうしたの? 何か変なとこでも?」
「あ、いや……別に。何でもない。気にせず続けて続けて」
至って真面目な顔をされると何も言えなくなってしまう。周りの生徒達も僕が叫んだ事に驚いているようだ。
「そう言えばKnightsのメンバーまだ1人決まってないな。それで今日招集があるって事は、誰か候補者が決まったのかも」
梶谷の言葉にその場の全員が頷く。僕と雪を除いて。
丁度このタイミングで担任が教室に入って来てHRが始まり、朝の雑談会はお開きとなった。
◆❖◇◇❖◆
「何か朝から疲れた。でも皆と話してたら頭痛なくなってたよ」
HRが終わり、トイレに向かっていたら雪がついてくる。
「そう、良かった。……けど生徒達には気を付けて」
「え? 何で。皆優しいじゃん」
雪の口から意外な言葉が出てきたことに戸惑う。
「梶谷も言ってたでしょ? 裏ではろくでもない事を考えてる奴も多いんだ。……それから夕凪さん。あの人は特に質が悪いから、何を言われても絶対に信じちゃダメだよ」
制服の裾を掴みながら真剣そのもので言われると、頷くしかなかった。
「うん、気を付ける。……つか聿流遅いなぁ〜」
「呼び出しが無くても生徒会室に行ってるよ。僕にはサボるなって言うくせに自分が一番サボるんだから」
頬を風船のように膨らませる雪があまりに可愛くて、つい頭を撫でてしまう。
「雪くんはサボんないの?」
それが気持ち良いのか、僕を見上げて猫みたいにすり寄ってくる。
「カナちゃんがいるからサボらない。それと名前、呼び捨てで良いよ」
こんな日常が心地好い。
でも日常だからこそ、平和だからこそ永くは続かない。またアイツと真面に顔を合わせる時が刻一刻と近づいてるなんて、この時の僕には知る由もなかった。