殺し屋リーベルの哀愁 俺の妹は殺人鬼

第28話 - 第二十六話 「教会の再生と、新コンビ誕生」

里奈使徒2020/09/05 13:27
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ソフィアが口から泡をふいて気絶している。手加減したとはいえ、マキシマム家直伝のジャイアントスイングを受けたのだ。当分、目を覚まさないだろう。

 

 さすがに殺しはしなかった。極悪人とはいえ女性だ。妹の前で、女性をぬっ殺すような真似はしない。しゃくに触るが、ソフィアの言う通りである。女性を殺したら、妹の情操教育に悪影響が生じるからね。

 さてと!

 パンパンと手についた埃を叩き落して、立ち上がる。

 あとはこいつを警察に突き出して終わりだ。ソフィアは、初犯とはいえビトレイの悪事の片棒を担いだ極悪人である。死刑、少なくとも終身刑は免れまい。

 

 これで被害者も浮かばれる。

 

 ふぅ~満足だ。一息ついて周りを見渡す。

 

 カミラも一息ついていた。死体に腰かけて、生首を空中に掲げて回している。久しぶりに暴れられて満足げな様子だ。

 死体を弄んで……教会で不謹慎極まりない態度である。だが、ま、まぁよし。

 

 ここは、教会であって教会でない。悪の巣窟なのだから。

 

 そういえば、マリアは……?

 

 お仕置きにかまけて忘れていたよ。

 

 マリアは、部屋の隅に移動して怯えている。つり目の目から涙がぼろぼろとこぼれているし、身体は小刻みに震えていた。

 

 無理もない。

 心臓を素手で潰すような子を前にしたら誰でもそうなるよね。

「落ち着いて。もう大丈夫だよ」

「た、助けて。殺さないで」

 うん、俺も怯えられている。

 

 安心させるために極力優しい声を出したはずなのに……。

 

 なぜ?

 

 俺はカミラと違って誰一人殺してないぞ。皆、気絶させただけだ。武闘派なマキシマム家の中で、唯一の穏健派なのに。

「マリア、大丈夫だから」

「い、いや!」

 うん、取り付く島もない。

 

 これは、カミラだけでなく俺にも原因があるみたいだ。

 

 可能性を探るに……。

 

 チラリと横を見る。

 

 ソフィアが泡をふいて気絶していた。白目を剥いて、その顔は恐怖で引きつっている。顔だけは、顔だけは極上の天使だった、ソフィアの顔は見る影もない。

 

 うん、これだ。

 

 ソフィアは、恐怖から「やめて、助けて」と懇願していた。そんなソフィアに少し容赦なかったかもしれない。

 

 ふむ、裏切られたせいか、俺は相当頭にきていた。地獄の使者、閻魔様の如く、ジャイアントスイングをかましたもんね。

 

 ソフィアはもちろん、見ていたマリアも恐怖したに違いない。

 

「マリア、聞いてくれ。これには事情が――」

 マリアがいやいやと後ずさりする。

 殺さないでという意思表示だろうが、もちろんだよ。

 

 マリアは、子供のために巨悪に立ち向かう勇気を持っている。そんな良い人は、世界の宝だよ。死なせたりするものか。

 俺は「大丈夫だから」と手を差し出し近づくが、その分マリアが離れていく。

 

 よ、よし。

 

 ここは一旦引こう。

 

 今は何を言っても無駄のようだ。

 

 マリアが落ち着いてから、話しをすればいいさ。

「カミラ、引き上げるぞ」

 カミラに声をかけるが、カミラがいない。

 

 あれ? どこいった?

 

 悪党の死体を弄んでいたカミラがいつのまにか消えていた。

 

 どこに?

 

 ぐるりと首を回転させる。

 

 ん!?

 

 いた。

 

 カミラは、とことことマリアに向かって歩いていく。

 

「カミ――おぉ!」

 

 カミラは、休憩も終わりとばかりにマリアに飛び掛ろうとしていた。

「やめろぉおお!」

 

 すぐにカミラにとび蹴りを食らわす。

 

 危機一髪である。

 

 カミラは、マリアと反対側の壁に勢いよく吹き飛んだ。衝撃でパラパラと埃が舞い落ちる。

 

 こら! だれかれ構わず殺(た)べようとしない。この人は殺(た)べちゃだめ! 悪人と善人の区別をつけろと何回言えばわかる!

 

 さて……。

 

 マリアは、俺が妹に躊躇なくとび蹴りを披露したせいかますます怯えている。

 もう説得は無理だね。さっさとずらかろう。

 

 壁に激突して気絶しているカミラを抱っこし、そのまま部屋を後にする。ドアを開け外に出ると、ファンファンとベルが鳴り響いていた。

 

 どうやら警察のお出ましのようである。足早に数人の警察官が駆け寄ってきた。近所の誰かが通報したのかな。

 まぁ、あれだけ騒ぎを起こせばね。

 

 それじゃあ、まずは事情聴取に協力するか。

 

 殺人許可証を懐から取り出し、駆けつけた警察官に見せる。

 警察官の驚いた顔。伝説の暗殺一家を目の当たりにして、目を白黒させている。毎度の事だね。

 それから……。

 

 ビトレイの悪事は、明らかになった。

 

 殺人、人身売買、脱税……。

 

 聖人として名高いビトレイの不祥事に、周囲は驚愕している。ビトレイの名声は一気に地に落ちた。悪事に加担した幹部達は、全員お縄になったのである。

 ビトレイの下で甘い汁を吸っていた連中にようやく天罰が下ったのだ。

 ただし、教祖を始め、教会を運営する幹部が軒並み逮捕されたから、当初は教会も揺れに揺れた。指導者の欠如、脱税による超過金、被害者への補償が教会経営に重くのしかかったのである。

 ビトレイ達は自業自得だが、住んでいる孤児達に罪はない。

 孤児達の住む家がなくなろうとしている。

 そんな状況を打破するため、マリアを筆頭に見識ある人達が教会存続に動き出したのである。資金については、ビトレイの奴が裏でかなり溜め込んでいたから、もっけの幸いであった。国に没収される前に教会運営に使わせてもらった。

 ビトレイが守銭奴だったおかげである。これだけあれば、十分にやっていける。うんうんある意味、ビトレイの奴、死んで初めて孤児達の役に立ったじゃないか。

 そして、ビトレイに変わり、教会代表はマリアが務める事になった。教会存続のため、いや、子供達のために必死で頑張ったマリアが相応しいと周囲から推薦されたのである。

 俺も大賛成だ。協力を惜しまなかった。ビトレイが持っていたあらゆる権利をマリアの名義に変えてやったよ。マキシマム家の権利を行使したね。権力は、こういう時に使わないと。

 教会のトップは、清廉でなければならない。マリアなら安心である。

 

 感慨深げに教会を眺めた。子供達が教会の敷地で元気に遊びまわっている。こころなしか皆、以前よりも明るい気がするね。

 素晴らしい。

 じっとその様子を見つめていたら、教会代表のマリアがこちらに気づいたようだ。笑顔でこちらに手を振ってくる。

 うん、実に素晴らしい。

 ビトレイ粛清直後は、あんなに怯えられていたけど、今ではマブダチだからね。教会存続のため、子供達のために頑張ってきた。そんな俺達はいわば同志だから。

 マリアが笑顔で手を振り、俺も手を振りかえす。子供達のために頑張った人達だけにある暖かな空気が、そこにはあった。

 いいね!

 ただ、そんな幸せな瞬間は、長くは続かなかった。マリアが俺の背後にいる人物に気が付いたからだ。

 マリアは露骨に嫌な顔を示す。

 ふ~そうだね。わかる、わかるよ。俺にはマリアの気持ちが十分に理解できる。なんでそいつがいるのって事でしょ。

 

 チラリと背後を見る。

「リーベルさん、リーベルさん♪ 早く悪人を懲らしめに行きましょう!」

「お兄ちゃん、お兄ちゃん、お腹空いた。あれ、殺(た)べていい?」

 振り返ると、左後に金髪の美女ソフィア、右後には、幼くも美しい銀髪の美少女カミラがいる。両手に花だと思う人もいるかもしれない。

 街に入れば、ヒューと指笛を吹いて野次を飛ばす連中もいるだろう。やっかみを受ける事は、確実だ。

 くそ、どうしてこうなった!!

 そう、カミラはいるのは当然として、なぜか極悪犯人のソフィアが同行しているのだ。

 俺は、マリアの視線にいたたまれなくなって、その場をそそくさと移動する。

 あ~どうしてこんな。

 まぁ、俺のせいだけどね。俺が教会存続ばかりにかまけてたから。この女のポテンシャルを舐めてたよ。

 そう、ソフィアは、精神疾患を理由に刑を免れたのだ。大女優だったソフィア。ソフィアの色香に惑い鼻を伸ばしていたとはいえ、マキシマム家一才能ある俺を籠絡したその手口。口八丁で裁判官を手玉に取るのは造作もなかっただろう。

 

 で、でだ。

 

 俺が保護監察官としてソフィアの面倒を見る事になった。経緯は色々あったが、今はしゃあないと思っている。他の奴に、この毒婦は任せられない。もう俺が立候補しちゃったよ。

 

「あぁ、早く悪人達の絶望に染まった顔が見たいです」

「僕も、僕も!」

 ソフィアが恍惚とした表情で話す。カミラが、殺人欲旺盛に話す。ある意味、似た者同士だ。

「カミラ、新しいお約束だ」

「はーい♪」

 カミラが元気よく右手を上げる。

「いい返事だ。よく聞け。カミラが、どうしてもどうしても殺(た)べたくなった時、我慢がどうしてもできなかった時はな、ソフィアを殺(た)べなさい」

「はーい、ソフィアを殺(た)べる」

「よし」

「よしってなんなんですか!」

 ソフィアが目を剥いて怒っている。恍惚とした表情から一変、信じられないといった表情を見せてきた。

「そのままの意味だぞ。カミラの禁断症状(さつじんしょうどう)で周りに迷惑をかけるわけにはいかないからな」

「リ、リーベルさん、前にも言いましたよね? 女性を殺すなんて、妹さんの情操教育の妨げになりますよ」

「いや、もう無理。も~う限界だ。お前をか弱き女性と思うなんて無理があるだろうが! なんだ、あの手口はよ! あの罪状でよく無罪を勝ち取れたな」

「そんな事を言われましても。私はただ死にたくなかっただけですよ。刑を確定させたのは裁判長なんですから、不平を言うのは裁判長にしてくださいよ」

 こ、こいつはぬけぬけと。

 裁判官、傍聴人、全てを手玉に取って罪を逃れやがった。あと少し教会存続の道が遅れていたら、俺が裁判に介入できず、まんまと国外に逃亡されていただろう。

「とにかくだ。お前はもう女性とは思わない。これから少しでも悪事を働こうとしたら、躊躇しないからな」

「うぐっ。そ、そんな。私は改心したんですよ。だから、ね?」

 そう言って、ソフィアが甘い吐息を漏らす。だが、無駄だ。もう惑わされないぞ。今の俺は、漫画やラノベによくいる鈍感系主人公と言ってもいいだろう。

 俺はソフィアを無視して、カミラに向き直る。

「カミラ、それじゃあ新しいお約束の復唱だ。カミラがどうしてもどうしてもお腹が空いた時、どうしても我慢できない時、どうする?」

「は~い♪ ソフィアを殺(た)べる!」

「よし、よく覚えたな。えらいぞ」

 俺はカミラの頭に手をあててなでなでする。

「えへへ」

 カミラは嬉しそうに、されるがままだ。

「――って、なんなんですか! なにいい兄妹しようとしているんですか。冗談じゃありませんよ。私をなんだと思ってるんですか!」

「そうだな。お前はカミラの――非常食だ」

「はぁ――ぁあ! なんなんですかぁあ!」

 ソフィアが絶叫するが、気にしない。性格破綻者の連れが増えたのだ。これくらいの役得がないと、やってられん。