殺し屋リーベルの哀愁 俺の妹は殺人鬼

第22話 - 第二十話 「カミラに友達を作ろう(中編)」

里奈使徒2020/08/29 05:46
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先日の問答で、カミラが友達と遊ぶのはとてもリスキーだと判明した。仲良しの友達がいきなり首チョンバーされようものなら、どれだけ悲劇が生まれるか……。

 思えば、カミラは殺し以外に趣味らしい趣味がない。

 まずは、一人で遊ぶ趣味を作ってあげよう。殺し以外にも興味が持てる何かが見つけられたら、それは、カミラ教育計画のひとまずの成果と言えるのではないか。

 うん、きっと、そうだ。習うよりは慣れろ。まずやれる事はやってみるのだ。

 そこで俺は、妹のために一人遊びができるようなおもちゃを市場で探し買った。人形やお手玉といった一般的な女の子が遊ぶ玩具である。

 買い物を終えると、カミラの目の前に買ってきた玩具を並べた。

「さぁ、お腹が空いたらこれで遊ぶんだ」

 カミラは、興味深げにそれらを観察している。

 いいね、つかみはオッケーかな。

「これ、どうやって遊ぶの?」

 カミラが玩具の中から手毬を持ち上げ、そう訊ねてきた。

 うむ、最もな質問だ。カミラは、生まれてこのかた玩具で遊んだことがない。当然の反応である。

「ふふ、どうやって遊ぶと思う?」

「えっとね、うんとね……」

 カミラは、頭をひねっている。

 いいね。まるで大人にクイズを出された子供が懸命に答えを出そうと頑張っている姿に見える。その様は、実に微笑ましい。

「わからないか。じゃあヒントを出そう。その手鞠は、よくはずむぞ」

「はずむ?」

「そうだ。弾力があって地面にぶつけると……ほら、もうわかったな」

「うん、わかった。手鞠を持って……」

「おぉ、そうだ。手鞠を持って、いいぞ。それから?」

「うん、そして……ぶつけるぅ!」

 そう言うや、カミラが近くの子供に向かって手鞠を投げた。

 神速で手鞠がかっ飛んで――うぉおおおおい!

 慌てて大跳躍した。

 瞬間最高時速百キロ以上、チータのスピードを超えた反射神経を披露する。

 すんでのところでボールをキャッチする事ができた。手鞠は、俺の手の中で高速に回転し、プスプスと焦げた音を出している。

 はぁ、はぁ、はぁ。や、やばかった。

 あやうくカミラがとんでもない過ちを犯すところだった。

「……カミラ、それはそうやって遊ぶ物じゃない」

「違うの?」

「あぁ、違う」

 もう少しで子供の頭が吹き飛ぶところだったぞ。

「じゃあ、こっちか」

 そう言ってカミラは、竹とんぼを持つと、そのまま子供に向かって投げ――。

「こっちに来なさぁああい!」

 俺はカミラの手を取り、その場を移動する。

 ここじゃだめだ。

 人気のない静かな場所を探そう。

 そうだった。周囲に人がいたら、カミラが暴走した時に困る。

 玩具の使い方を間違えて人を殺しました、なんて洒落にならない。

 ぶっちゃけ俺達家族の身体能力なら、竹とんぼ一つで人を殺せる。注意すべきだった。

 人のいない場所……。

 目を皿にしながら周囲を観察する。

 ここはだめだ。

 ここも人がいる。

 あぁ、ここもいた。

 どんどん人気のない方向へ進んでいく。

 そうして……。

 俺は、人っ子一人いない静かな山中まで移動した。

 ここなら大丈夫だろう。

「カミラ、今から遊び方を教えてやるからな」

「うん」

 カミラが興味深げに俺を見ている。

 俺は、玩具の中で手毬を取った。

「いいか、よく見ておけよ」

 俺は中腰になると、「アンタがたどこさ?」と民謡を歌いながら、手毬をリズミカルに弾ませる。

「……それだけ?」

 カミラはつまらなそうだ。

 確かに地味だが、これはこれで技術がいる。

「カミラもやってみな? できるかな?」

 挑発気味に言って、カミラに手毬を渡す。

「こんなの簡単だよ」

 馬鹿にされたと思ったのか、カミラは少し不満そうだ。口を尖らせる。

 カミラが手毬を受け取り、地面に手鞠を打つ。

 瞬間――。

 ボンと手鞠がものの見事に破裂した。

「なっ、難しいだろ?」

「あ、あれ、おかしいなぁ」

 カミラは面食らっている。想像と結果が異なっていたのだろう。

 勘違いするのは、無理はない。

 普段、俺達の周りの建物、食器は特別性の合金で作られている。例えば、一番軽いコップでさえ、五キロあるからね。

 マキシマム家の調子で行動していると、世間に出た時、痛い目に遭う。

 主に周りがだ。

 ……うん、これも早急に対応しないといけない事案である。

 今までカミラは外に出たことがなかった。

 パワーの調整も最低限は習っているだろうけど、外で生活できるほどではないだろう。

「カミラ、手鞠はこれだけある。割らないように注意してやってみろ」

「うん」

 案外、難しい事だとわかって少しはカミラの興味を引いたようだ。

 ダメ押しと行くか。

 俺は、マキシマム家一才能ある身体能力を駆使して、手鞠を弾ませた。

 手鞠が、殺人球のように弾む。地面が陥没し、ボコボコと穴が開く。それでいて手鞠は破裂しない。

 極限のバランス感覚で手鞠を打っているのだ。

 カミラはおぉ~と感嘆の声を上げている。

「お兄ちゃん、凄い! こんな遊び方があったんだね。面白そう!」

「そうだ。こんなの序の口だ。これは、遊び方の一端を見せたにすぎない。世の中には、カミラが知らない楽しい事がいっぱい、いっぱいあるんだからな」

「そうなんだね!」

「あぁ、家の中で殺しをやっているだけでは、絶対わからない事だ。あんなの全然つまらない事だからな」

「うん♪」

 カミラが頷く。

 よし、よし、よ~し。家の仕事を否定し、カミラも納得した。

 くっくっ、これは幸先いいぞ。

「さぁ、次はカミラの番だ。やってみろ」

「はーい!」

 元気いっぱいに返事をしたカミラに手毬を渡す。

 ここは、人気の無い山道だ。めったに人はこない。カミラの殺人球に巻きこまれる事はないだろう。

 安心してカミラを見守っていると、

 ん!? なにやら気配を感じた。

 五感を研ぎ澄ませて、気配の主を探る。

 遠くから獣の唸り声が聞こえた。

 犬、狼、いやもっと大型の獣だ。

 ……熊かもしれない。

 強化した聴力で、その足音をする。それはだんだんと大きくなっていく。

 カミラは気づいていない。せっかく熊騒動が落ち着いたと言うのに。

 熊と会ったら、カミラの癇癪が再燃してしまう。

「カミラ」

「な~に?」

 カミラは目線も合わせず、手鞠遊びに夢中になっているようだ。

「少し用事を思い出した。しばらくそれで遊んでいろ」

「はーい♪」

「二、三分で戻ってくるから。大人しく待ってるんだぞ」

「ほ~い♪」

 カミラ一人残す事に不安を抱いたが、緊急事態である。

 カミラの熊に対する執着は異常だ。

 ホッキョクグマと遊びたいから北極に行くなんて駄々をこねられたらたまらない。やっと機嫌が直ったばかりなのだ。

 だ、大丈夫。

 この前、殺(た)べたばかりだし、それほど禁断症状はでていないだろう。

 あそこは人気のない山中だ。めったに人はこない。カミラには、大人しくそこにいろと言い含めている。

 うん、問題ない、問題な……嘘はつけない。正直に言おう。本当は、さっきから不安でたまらない。

 長居はできないな。速攻で終らせる。

 俺は、ダッシュで熊のもとへ向かう。

 

 ――

 お、終った。

 熊騒動にケリをつけた俺は、カミラのもとへ駆け戻っている。

 カミラ、大丈夫だよな?

 一時間弱……。

 色々事情があったとはいえ、家を出て以来初めてカミラから長時間目を離してしまった。

 運悪く旅人が通ってカミラに……いやいや、悪い方向に考えすぎだ。ポジティブにいこう、ポジティブに。

 といいつつネガティブ思考に陥る自分に自己嫌悪してしまう。

 くそ、早々に戻るはずだったのに。

 誤算も誤算、大誤算だった。

 最近の熊は、野生のカンが鈍っているのだろうか?

 いかんともしがたい実力の差があるにもかかわらず、襲い掛かってくる、襲い掛かってくる。

 それも一頭じゃなくて群れでだからね。

 まぁ、それでも俺にかかれば造作もない。マキシマム家の血はマジで半端じゃないからね。一ダース単位で襲ってきても、ものの数分で片付ける自信はある。

 ツキノワグマ三十匹……。

 ここまでは想定の範囲だった。

 ただ、予想外な伏兵がいたんだよ。

 小熊だ。

 K・O・G・U・M・A!

 やられたね。母熊を守ろうと、いい感じにまとわりついてくるのだ。蹴飛ばすわけにはいかず、一頭一頭丁寧に巣穴へ戻してやったよ。

 この前、カミラに付き合って無闇に熊狩りなんてやったからね。自責の念もあって、乱暴にできなかったのである。

 うん、世の中なんとままならないことか!

 予想外の事態に備えるべきだった。リスク管理は大切ってこと。

 よく考えれば、小熊がいたから親熊もナーバスになって、襲ってきたのだ。あの場合は、カミラを連れて、こちらが立ち去るべきだった。

 熊の縄張りに入った俺らが悪かったんだし。

 軽率だった。

 自問自答、反省しながらカミラがいる山道へと戻った。既に日は暮れ、周囲は真っ暗である。

 カミラは、いない。でも、気配はするな。

「カミラ、いるか?」

 暗闇に向かって声をかける。

「お兄ちゃん、お帰り」

 林の裏側から返事が返ってきた。

 ん!? 移動したか。

 なぜ?

 ……まぁ、いいか。別にその場で手鞠を打っていなきゃいけない決まりはない。

「ただいま、カミラ」

 声のした方角へ移動する。

 カミラがいた。

 カミラは、ぽんぽんとリズミカルに手毬を弾ませていた。

 よかった。普通に遊んでいるだけだね。

 最悪の結果を想像してしまったが、杞憂だった。

 お! リズミカルにやれてるじゃないか。

 手毬は、等間隔ではずんでいる。

 うまくなってるぞ。

 力加減を間違えて破裂させてた時とは、大違いだ。

 カミラに近づき、肩に手をかける。

「カミラ、うまくなったじゃないか――っって、それ生首じゃねぇええええか!」

 カミラは、アンタがたどこさと手毬がわりに生首を弾ませているのだ。

 ア、アンタがた、まじでどこの人だよ?

 恐怖に歪んだ表情の生首につい話しかけてしまう。

「な、な、な、な、にがあった?」

 答えを聞くのが恐ろしい。

 通りがかりの商人を襲ったなんて聞こうものなら、ショックで卒倒しちゃいそうだ。問う口も自然震えてしまう。

「うん、お兄ちゃんが前に言ってた『せぃとうボーエイ』だよ。こいつボクの手毬を壊したんだ」

「壊したって、もう少し具体的に!」

「えっとね、僕がこいつの鼻の骨を折ったの。そしたらそいつ、置いてた僕の手鞠を壊したの!」

「だから、どうして首チョンバーしたんだ!」

「うん、だってそいつ僕の手鞠を全部壊したんだよ。持ってたのは破裂しちゃったし、代わりを見つけなきゃね」

 手鞠が無くなったから、生首を手鞠代わりにする……。

 どんだけサイコなんだよ。

 思わず天を仰ぐ。

 冷静だ。冷静になるんだ。

 まだカミラが悪いと決まったわけではあるまい。

 情状酌量の余地がないか、真相を究明するのだ。

「カミラ、なぜそいつを殴った?」

「僕をゆーかいしようとしたから」

 誘拐!

 そうとなれば話は変わってくる。

 俺は生首をカミラから受け取り、まじまじと観察した。

 俺の頭の中には、世界各国の賞金首リストが入っている。

 こいつは、そのデータベースに該当しない。

 犯罪者じゃないのか、あるいは下っ端で賞金がかけられていないのか。

 後者ならば!

 生首の胴体らしき死体を捜し、そのシャツをはだく。

 ん!?

 胸元に十字に団子がクロスした印を見つけた。

 このタトゥーは、見覚えがあるぞ。

 人身売買組織タンゴの構成員だ。

 なるほど。

 確かにここは人気がないとはいえ、タンゴの勢力圏といえば勢力圏だ。こいつらは運よく、獲物を見つけたと思って、カミラにちょっかいをかけてしまったと。

 それが最悪の運だとも知らずに……。

「お兄ちゃんがこういう時は無視しなさいって言ったから、最初は無視してたんだよ。そしたら、こいつ僕の手鞠遊びを邪魔してきたんだ。ひどいよね」

 その生首は、恐怖で顔が歪んでいる。

 そうだろうな。

 声かけた幼い子供がシリアルキラーだったのだ。

 どれだけ恐怖だっただろうか?

 バカな奴らだ。まぁ、犯罪人だから、それ以上の感情はないけどね。

 とにかくカミラにフォローを入れなければならない。

 手毬遊びを誤解しかねん。

「カミラ、手毬遊びは人でしちゃだめだからな」

「どうして? こいつがボクの手毬を壊したんだよ。ゆーかいしようとした悪人だよ。悪人なら殺(た)べていいんだよね?」

「うん、そうだけど、生首で遊ぶのはだめだ」

 人形遊びも禁止だな。下手をしたら、死体でやりかねない。

「ちぇ。じゃあ、あとは何して遊べばいいの?」

 カミラが純粋な目で尋ねてくる。

 残った玩具は、ダルマ落とし、剣玉、黒ヒゲ危機一髪……。

 どれも人間でやれそうなラインナップである。

「……もういいから、兄ちゃんと遊ぼうな」

「わ~い!」

 それから妹と組み手をした。

 ドカッ、バキッっと静かな夜に強烈な打撃音が響いていく。

 妹は容赦なく急所を打ち付けてくる。速くて重い、常人なら百回は即死しているだろう。相変わらず血の繋がった兄貴だろうと遠慮のない攻撃だ。

 いいんだけどね。これでも俺はマキシマム家一、才能あるみたいだし。