殺し屋リーベルの哀愁 俺の妹は殺人鬼

第17話 - 第十五話 「白カブト、死す」

里奈使徒2020/08/24 11:55
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白カブトが咆哮しながら、襲ってくる。

 背丈十メートル以上の大熊が、時速六十キロ相当で突っ込んでくるのだ。この白カブトを前にすれば、百獣の王と呼ばれるライオンですら、尻尾を巻いて逃げ出すのではないだろうか。

 それくらいの迫力はある。咆哮一つとっても、他の熊とはものが違う。

 これはある程度、分別がつく狩猟ハンターなら戦いはしなかっただろう。逃げの一手を考えただろうね。

 だが、逃げ出そうにも背後は、白カブトが率いている熊達で囲まれている。前方は白カブトだけであるから、活路を見出すとしたら正面からって考えるかな。

 なるほど、これが白カブトの作戦か。

 なかなかにえげつない。ロックさんもこの手にやられたのだろう。

 よく見ると、白カブトの身体には、いたるところに銃弾がささってある。狩猟ハンター達の玉砕を受けた傷だろう。銃弾が効かないというのはマジみたいだね。白カブトの肉厚で、弾が途中でストップしているのだ。

 白カブトは、自分の防御に絶大の自信があるみたいだね。実際、それだけの狩猟ハンターを仕留めてきている。自信の裏付けもできているのだろう。

 前方から突進してくる白カブト……ニヤリと嗤(わら)っているように見えるのは気のせいではあるまい。

 馬鹿な人間がまたノコノコ俺に食われにきた、そう思っているのかもしれない。

「まぁ、お前がそう思うんならそうなんだろう――」

 俺は、神速で白カブトの懐に入る。

 そして、

「お前ん中ではなぁあ!」

 そのどでっぱらに拳を叩き込んだのであった。

「がぁが!?」

  白カブトの動きが初めて止まる。その表情には、驚愕の文字が浮かんでいた。

「痛いか? まぁ、俺の拳は弾丸より強いからね」

 今までハンター達から受けてきたダメージが、子供のお遊びだと思えるぐらいに感じているはずだ。

「あ、あ、お兄ちゃんだけずるい!」

 カミラがピョンピョン跳ねて抗議している。

「カミラ、少し待て」

「え~どうして?」

 カミラが頬をふくらまして不平を露わにした。

 まぁ、不満だろうな。だが、ここに来るまでに俺は一つ考えてみた。

 人を襲う害獣白カブト、これは問答無用で殺していいと思う。人に仇をなす獣など駆除対象だ。

 ただね、さっきカミラが撃った野鳥の件……。

 木に撃てば済む話を、わざわざ野鳥をターゲットに選んで撃ち殺したのである。

 俺も「人でなくてよかった。成長したなぁ」とか思っちゃったけど、いやいや、鳥とはいえ生き物を無闇に殺生してはいけない。

 カミラには、色々教えてきた。

 人は無闇に殺してはいけない。どうしても殺したいのなら、悪人にする。これはカミラも理解してくれたと思う……多分、おそらく、希望的観測で。

 今度は、動物についても教える。

 動物だって無闇に殺してはいけない。食べる分まではいい。だが、それ以外は控えるべきだ。

 さっき撃ち殺した野鳥についても、きっちり焼き鳥にして食べる事にしよう。白カブトについても、殺してハイ終わりにしたくないなぁ。

 これも熊鍋にするか。

 うん、無駄な殺しはしない。遊びで殺すなんてもってのほかだ。それをカミラにも教えてからにしたいのだ。

「あぁ~カミラ、熊さんと遊ぶ前に一つ大事な話しがある」

「もぉ~お兄ちゃん邪魔しないでよ。早くでっかい熊さんと遊びたいのに」

「待て待て待て。大事な話だ。聞かないなら、遊ばせないぞ」

「ちぇ、わかったよ」

 カミラはふてくされながらも、聞く姿勢を取ってくれた。

「よしいい子だ。さっきカミラが野鳥を撃ち殺したよな? どう思った?」

「う~ん、そこそこ楽しめたかな。でも、途中からあきちゃった」

「そうか。正直に話してくれたのはいい。それはグッドだ。だが、もう一つ考えて欲しかった」

「なにを?」

「それはな――痛ぇ!」

 バシィっと後頭部に衝撃が走った。どうやら白カブトが復活したらしい。背後からベアーパンチを喰らわしてきた。

 少し手加減をしすぎたか?

 ったく大事な話の最中だというのに……。

「もう少し寝てろ!」

「ぎゃわあん!」

 アッパーぎみに白カブトの顎を揺らす。白カブトは、ゆらゆらと揺れて、ガクリと膝を九の字に曲げて倒れた。

「あ、あ、いいなぁ!」

 カミラが羨ましそうに言う。白カブトに、完全に興味を持ってかれているな。

「カミラ、まだだ。まだだぞ。いいから話を聞け。俺達、食事をするよな。牛肉、豚肉、鳥肉、美味しいよな」

「うん、美味し――わぁ、でっかい熊さん♪」

 カミラが俺の背後を見ながら、声を大にして叫ぶ。

「うん、話を聞きなさい。熊さんはあとでな」

 チラリと背後を見ると、白カブトが唸り声を上げて立ち上がっていた。

 さっきから白カブトの復活が早い。防御力に自信があるだけある。生半可な攻撃だと、その分厚い肉厚でダメージを吸収するようだ。

 あぁ、めんどくさいな。とりあえず熊は無視して話を進めるか。

人間は、自分以外の生物の生命を奪わなければ生きていけない。それを知り、糧となる動物に感謝して殺さなければならない。

 大切な事だよ。

 実際、マタギの間では、熊は山神様からの授かり物として尊まれている。

 生命の尊厳を知らないカミラには、徹底的に教えなければならないね。

 それからカミラに丁寧にわかりやすく教えようとするが、白カブトが、その度にバシィバシィと俺の後頭部を叩いて邪魔をしてきた。

 こいつのせいでカミラがちゃんと話を聞いてくれない。俺の後ろばかりを気にする。

 無視していればいいってわけじゃないな。

 俺は、クルリと白カブトに向き直る。

「ちょっと、待ってろ。ちゃんと熊鍋にしてやっから。もう少し、大人しくしてな!」

 ドンと白カブトの胸辺りに正拳突きを喰らわす。腰を落として、空手スタイルで打った。散弾銃よりも効いたと思うよ。白カブトは、後ろにもんどりをうって転げまわっている。

 ふ~さて話の続きだ。

「カミラ、俺らが毎日している食事、それは色んな動物の犠牲の上に成り立っている。それを理解して――痛っ!」

 後頭部に衝撃が走った。

 白カブトが前腕を力いっぱい振り下ろしてきたのである。

「がぁぉおおんん!」

 白カブトは上空に向かって高らかに咆哮した。さらに連撃でバシィバシィと叩いてきたのである。

 少し苛ついてきた。

 いい加減、野生の勘で理解して欲しい。俺と自分との隔絶した戦力差って奴を。長い間、ここら辺を支配したボスって言ってたからな。老害って、熊でも当てはまるんだね。

「だから、少し待ってろぉ!」

 パァンと軽く熊の脛辺りをケリ飛ばす。

 白カブトは、悲鳴をあげながら、地面をのたうちまわった。

「さて、どこまで話したかな」

「あ~あ~。僕も、僕も遊びたい」

 カミラは、俺を見ていない。俺の肩越しに白カブトばかりを見ている。

「カミラ、大事な事を話しているんだ。集中しろ!」

「……熊さん」

「カミラ!」

「はぁい」

「よし。いいか、俺の言いたいことは一つだ。食べるため以外に動物を殺してはいけない。そして、殺すときは、感謝の念を持って――」

「ガゥ、ガルル!」

 バシバシと後頭部に衝撃が走る。どうやらこの白カブト、意地になってるらしい。今まで、こんなに思い通りにならなかった獲物なんていなかったんだろうな。

 俺がダメージを受けていない事をわかっているだろうに、しつこく叩いてくる。

 俺もさっきから邪魔ばかりされて相当切れてきたぞ。

 さらに興奮した白カブトの涎がつぅうと頭に降りかかってきた。獣特有の生臭さが頭一面に漂ってきたのである。

「うん……」

 無言で白カブトに向き直る。そして、靴をトントンと履き直すと、

「さっきからうぜぇええええんだよ! いい加減にしろぉや。野生なら理解しやがれ。俺とお前とのいかんともし難い差って奴をな!」

 そう言って、白カブトの即頭部に強烈な回し蹴りを食らわしてやった。

 はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。

 くそ、殺さないように手加減してれば、いい気になりやがって。

 今までの鬱憤もあいまって、かなり力を入れて蹴ってやったよ。

 当分、寝てろ! 大事な話ができないじゃねぇかって――あ、あれ!?

 白カブトの心音が聞こえないぞ。

 慌てて白カブトに近づく。

 え、え~っと?

 あれだけ聞こえていた白カブトの息遣いが聞こえない。聴力に自信がある俺が、聞き取れないなんて。

「し、白カブトさん?」

 白カブトは白目を剥いて、舌をだらんとたらして横たわっていた。

 アハハ、野生の熊にしては冗談がうまいぞ。

 そんな死んだフリをしなくたって大丈夫。ちゃんと熊鍋にしてやっから。

 俺は、寝ている白カブトを抱き起こす。

 よいしょっと。

 白カブトの首がプランプランと回っているのを確認する事ができた。

 あ~死んでるね。

 うん、確実にお陀仏されておられる。

 ……カミラになんて言えばいいやら。

 な、なんか静かだな。

 カミラを見る。

 カミラは無言で白カブトの近くまで来ると、ユサユサと白カブトの身体を揺さぶり始めた。

 もちろん、白カブトは何も反応しない。

「え、えっとカミラちゃん?」

「うっ……うぅああああん! 兄ちゃんが僕の熊さんを壊したぁああ!」

 火がついた赤子のようにカミラが泣き始めた。

「ご、ごめんな。兄ちゃん、ちょっと力を込めすぎちゃったみたいで」

「ひどいよ、ひどいよ。楽しみにしてたのに」

「わかった。わかった。ごめん、ごめん。ほ、ほ~ら、あそこに熊さんがいっぱいいるよ。どれでも好きにしていいぞ」

 俺は、遠巻きに囲んでいた熊達を指さす。

 あれ? 遠巻き?

 お前ら、いつのまにか距離をとってないかい?

 まさか逃げる気か?

 逃がしはしないぜ。

 大腿筋に力を込め、スプリングのバネの如く加速した。あっというまに熊の群れの中に飛び込む。

「ガァア!?」

 熊達が突然現れた男に驚き、パニックになった。いや、絶大なる信頼を寄せていたボス、白カブトが倒された時点でパニックは始まっていたようだ。

 熊達は、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 俺は、そのうちの一匹を捕まえ、カミラのもとに持っていった。

「さぁ、熊さんだぞ。カミラの好きにしていい。思う存分遊べ」

 さきほどの説教が嘘になってしまうが、泣いたカミラに勝てる者などいない。俺は熊を背後から羽交い絞めににしたまま、カミラに渡す。

「ガゥア!? ガゥアアア!?」

 いやいやと首を振る熊。野生のカンなのか、目の前にいる者が、白カブトよりも恐ろしい生き物だとわかっているのだろう。

 うん、正解。

 熊は、必死に逃げ出そうとするが、俺の腕力に叶うはずもなく、徒労に終わった。

 カミラは俺が渡した熊を持つと、思い切り地面に叩きつけた。大砲が破裂したかのような衝撃が辺りに響く。

 哀れ、熊はその首をポッキリと折られ、絶命した。

「……弱い」

 カミラが呟く。

「……小さい」

 カミラがさらに呟く。

「うん、そうだな。でも、この熊だってそれなりに――」

「やだ、やだ。でっかい熊さんがいい! 兄ちゃんのバカ!」

 カミラの癇癪が止まらない。そばにあった石や木や熊の生首を投げつけてくきた。

「お、おま。ちょ危ない、危ないだろうが!」

 残った人食い熊達が我先にと逃げ出していく。

 お、おま、ちょっと待て。

 穴いらずが何をびびってやがる。ちょっと待ちやがれ!

 頼むからカミラの相手をしろって!