殺し屋リーベルの哀愁 俺の妹は殺人鬼

第4話 - 第二話 「家出しよう!」

里奈使徒2020/08/10 10:18
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「放せよ!」

「リーちゃん、どうしたのよ? もしかして反抗期?」

 母さんが心配げに訊ねてくる。

 うん、そうだ。遅まきながら、反抗期だよ。こんな異常な家族に慣れていた昔がおかしい。

「リーベル、落ち着け。いずれカミラも外へ出す。だが、時期は俺が決める。今はまだ家の中で勉強だ」

 勉強って……チャ●ンジ一年生じゃないんだぞ。

 

 殺しだぞ。S・A・T・U・G・A・I。マーダー!

 どこが勉強だ!

「親父……世間一般の常識で問うぞ。言ってておかしいと思わないか?」

「なにがだ?」

「カミラの体力だよ。世間一般の子供と比較してみろ。カミラよりはるかにか弱い子供でさえ、外を大手を振るって歩いているんだぞ」

「リーベル、俺達はマキシマム家だ。それだけ敵も多い。世間一般の子供とはわけが違う」

「そこは気をつけるさ。そういう危険からは、俺が全力で妹を守ってやる」

「リーベル、お前の腕は信用している。お前が全力で守るのなら、カミラは安全かもしれない。だが、だめだ。いまだ未熟な娘を外に出すわけにはいかん」

「どうして! カミラの事は、俺に任せてくれ。頼む。悪いようにはしないから」

「リーベル、お前も親になれば、わかる。父さんの言っている事がな」

「そうよ。リーちゃん、あなたの言うとおり、カミラは大きくなったわ。でもね、親は子供がいくつになっても心配なの。今は我慢して、ね?」

 なんだ、そのいい親をしているみたいな顔は……。

 

 ヤンチャしそうな息子を嗜める立派な親のような構図はなんなんだ!

 

 違うから。

 

 前世日本の価値観で言うなら、あんた達は、完全に犯罪者だよ。その所業は、新聞三面ぶち抜くぐらいのトップ記事になるからな。

 

「親父、母さん、祖父ちゃん、頼む。俺の話を聞いてくれ。心配いらない。普通に過ごせば危険なんてないさ。そうそう強者(ほんもの)から狙われるなんてないから」

「リーちゃん、どうして? 普通に過ごすって具体的に教えて? C級賞金首を狩る程度?」

「違う。母さんは根本的に勘違いをしている」

「えぇ!! もしかしてD級? いくら安全だからってそれはだめよ」

「母さんの言うとおりだ。それではカミラを外に出す意味はない。家で侵入者を撃退していたほうがマシだ」

 いや、普通にって……平穏無事に、殺し無しで暮らすって意味だよ。

 

 どうしたらそういう発想になる? そして、なぜこの発想が生まれない。

 

 これ、俺の価値観をぶちまけたら……。

 

 この人達、どんな反応を返すか怖いぞ。

 

 それから両親達の説得を繰り返すが、反対の姿勢を崩さない。独自のとんでも理論で返し、いい親を演じる。

 だ、だめだ。言葉は通じるが、まるで宇宙人と会話しているようだ。世間一般の常識を持ち合わせている気配がまるでしない。

 こんな両親のもとでカミラがどう成長するんだ?

 

 カミラに向き直る。

 

 しばし俺と両親達の会話を見守っていたカミラ。会話に加わるでもなく呆然としている。

 反応が薄いな?

 当事者だといまいちわかっていないのかもしれない。

 

 カミラの両肩に手を置く。そして、膝を曲げしゃがみ、カミラと目線を合わせた。

「カミラ、外に出かけたこと覚えているか?」

「お外?」

「そうだ。カミラは小さい頃、外へ出かけたことがあるんだぞ」

「うーん……覚えてない」

 カミラはキョトンと首をかしげた後、首を横に振る。

「聞いたか? カミラはもう十歳だぞ。一度も家を出た記憶がないって……これが異常じゃなくてなんだっていうんだ! 今時、五歳の子供だって町内を歩き回るのに。CだのDだの賞金首のレベルを論じている場合じゃない!」

「そうか。リーベル、お前はカミラに世の中を経験をさせたいのだな」

「そうだよ。わかってんじゃんか! やっと話が通じたよ」

「リーちゃんの言い分もわかるんだけどね。でも、ここだって外みたいなものよ」

 母さんの意見は、一理ある。

 うちは広い。敷地の庭だけでも東京ドーム二十個分だ。ちょっとした町だよ。それにそこらかしこにブービートラップを設置してある。一流のハンターでも裸足で逃げ出すぐらいな凶悪な防犯設備が整ってあるのだ。さらに、ここにしかない獰猛な動植物達。うちの庭を散歩するだけでも、大冒険が待ち受けているだろう。

 

 だが、そういう問題じゃねぇんだ。

 いくら庭が広かろうが、冒険スペクタルが広がってようが、関係ない。

「こんな箱庭で育てたからってなんになる? 何も成長しない。人との交流なくしてどう成長していくんだ」

 ここで言っている人との交流は、もちろん一般人とだ。カミラにも喫茶店で友人達とお茶しながら部活動の話で盛り上がるぐらいになって欲しい。

「リーベル、カミラは病弱だ。お前の意見も理解はできる。だが、今ではない。まだカミラには、親の庇護が必要だ」

 俺は、いかに世界が広くカミラのためになるか力説する。

 

 もちろん友愛や世界平和を説いても、この両親の心には響かない。

 

 殺しどころか争いのない平和な世界で生活させたいだけなのに……。

 

 本音を言ったら、頭がおかしくなったと病院に連れて行かれるのがオチだ。

 

 だから、両親好みの説得をしてやった。

 

 世には、知られていない強者がいっぱいいる。

 

 搦め手をつくのが上手い者。

 フェイントが華麗な者。

 戦略が巧みな者。

 

 それこそ、腕力が一般人と変わらなくても強者として勝利続ける者もいるかもしれない。戦闘力の差がそのまま勝利に繋がるとは限らないのだ。

 

 権謀渦巻く世界がある。それは、家を出て実体験しないとわからない。そういう経験を積むことこそ重要。結局は、カミラの戦闘技術の幅が広がるのだ。

 

 ……ってな感じで口八丁、論理的に。無理だと主張する両親を根気よく説得していると、

「無理じゃないもん。僕、お外行ってみたい!」

 俺の話を受けて感化したのか、横からカミラが声を挙げて主張を始めたのだ。

 

 世界の強者との出会いに、琴線が響いたか?

 

 なんにせよ、外の世界に興味を持ってくれたのはありがたい。

「カミラちゃん、だめよ。お外は、もう少し体力をつけてからにしましょうね」

 母さんがカミラの頭に手を乗せ、優しくカミラを諭す。

 これ以上、体力をつけてどうするんだ。今のカミラなら、ドーバー海峡を五分で横断できるぐらい身体能力あるぞ。

 

「いやだ、いやだ。行きたい! 行きたい! お外で面白い敵を殺(た)べたい」

 カミラが親父達の周囲をピョンピョン跳ねながら、抗議する。はたから見たら、玩具を買ってとねだる子供みたいだ。

 

 娘に甘い両親だが、今回は無理だろう。

 俺もせいっぱい説得を試みるが、なかなか首を縦に振ってくれない。

 

 話は平行線のまま、時間だけが過ぎていった。

 

 そして、夕方となり、話はまた今度という事でお開きになったのである。

 だめだ。両親の説得は失敗に終った。

 

 仕方がない。

 

 夜中にこっそり抜け出そう。