颯爽2020/08/06 07:07
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突如としてけたたましく鳴り響くサイレン。

敷き詰められた狭いビルとビルの合間で反響を繰り返し、やがて街中へと鳴り響く──…


車に乗り合わせていた者は車を捨てて逃げ出し、建物の中に居た者は脇目を振らず一目散に逃げ出した。絶えぬ人々の流動で埋め尽くされてしまった街に焦燥感が高まった故の悲鳴が響き渡るが誰彼も他人の心配をしている余裕などない。せめて自分だけでも助かれば──と、私利私欲に見を蝕められてしまった人間。


その中に少女はいた。

光沢のある純白の髪、きめ細やかな白い肌にはどこか行き場のない不安が映し出されている。華奢な体ながらも背後から群がる々に押し倒されないよう足先に力を込めながら進んでいく。そんな彼女は周りに行き交う人間に比べ決して背が高いとは言えない。かくして彼女の視界に映るのは激しく上下する人々の胸元とすし詰め状態にある人々の足のその二択。彼女の視界は良好とはいえるようなものではなかった。彼女の周りに群がる人々によって視界に射る光はほぼ遮断されている。つまり彼女は駆ける人々の群れに身を任せて進むしかない、のだ。結果、人混みの仲に押しつぶされ転んでしまった。そんな彼女に対して人々は関心を一切抱かない、そどころか我先にへと彼女を踏み上げても進み行った。彼女の瞳に映り込むのは歩みをやめない足。


彼女は力なく這いずりながらも道の片隅に出た。ここならば道の中央に比べ人通りが少ない。傍らにあったカフェの窓枠に手を添えてゆっくり立ち上がろうと試みた──、が彼女の片足を締め付ける痺れが走る。痛みに圧倒され、その場に倒れ込んでしまった。どうやら足を挫いてしまったらしい。この痛みはそうとしか言いようがなかった。おそらく自力で逃げることは不可能──、そう感じた彼女はふと近くを通りかかった中年男性に助けを求める。


「足を怪我してしまって……、手を貸していただけますか?」


力なくその場に座り込みながらも頭を下げて男性に頼み込む。一見他愛もない顔つきの男性だったが、彼は焦燥感が露骨な形相でこちらを睨みつけるなり、力任せに彼女の頬を叩きつけた。そして唾が飛ぶほどのどら声を張り上げて怒りを露わにする。


「図々しいんだよ、ガキっ!! こっちだって死ぬかもしれないってのに他人の心配なんかしてられないっつーの!!」


男性は耳に余韻が残るほどの捨て台詞を吐き、走り去った。その後も彼女は道行く人に必死に助けを求めたが、誰彼の気に留めてもらえることなどなく。無様にも絶えぬ人波の片隅で荒い呼吸を吹き返す。こと静かに歩み行く人々の足と錯乱状態に陥いて響き合う声。瞬きに催す時間さえ彼女にとってとても長く感じた。


(少しでも遠い場所に逃げなきゃ……)


目先の絶えぬ流動、朦朧とする意識でつぐんだもの。彼女は地を張ってでも自力で逃げ出すことを試みた。人々の足に踏み潰されても蹴られさえしても構わない。人々に冷酷非情な扱いをさえても構わない。なにより、こんなところで死ぬわけにはいかないのだ。

しばらく経って、逃げ惑う人の姿も見えなくなった。空虚と化した街の中に彼女の影だけがアスファルトの道路にうっすら写っている。地べたを這いずり回る孤高の音。’’早く逃げなきゃ、私……’’憂鬱ながらも確実に這い寄る死の瞬間。もう彼らがいつやって来てもおかしくはない。


ゴゴゴ──

大地を伝って地響きが地表に向かってくるのが分かる。時が過ぎるにつれて段々大きくなり、やがて衝撃だけでもビルが傾いてしまうような規模までになった。伽藍堂な街に響き渡る地響きは青く澄んだ空でさえ、背に悪寒を感じせさるようだ。


──アスファルトが粉々に砕け散り、大地をつんざした衝撃の発生地点から地塊が吹き出す。


『ギギギギッ──…』


そこから姿を現したのは全長数十メートルはあるだろう’’|百《・》|足《・》|の《・》|化《・》|け《・》|物《・》’’だった。聞くものに恐怖を与えるような数多の足を手繰る音と共に細長い体をしならせ地中からその姿を見せる。大型ではあるものの、数は単体ではない。黒くてドロドロした塊から枝分かれするかのようにいくつもの胴体が生え揃っていた。


『『ピシャエァァ──』』


怪物は雄叫びを上げながらいくつもの胴をしならせ、ビルを縛りつける。怪物が細い体でビルを締め付け圧迫すると一瞬のうちに粉砕されてしまった。空を舞うコンクリートの塊や窓ガラスの破片。街を破壊することで取り残された人間がいるかを確認しているらしい。

遠目ながらも彼女はその光景を目にしていたのだ。身をを潜め、気配を消しどうにか怪物の目を掻い潜ろうとする。しかし彼女は目の当たりにしてしまった、赤黒い双眼がこちらを射抜いているという逃れられない現実に。


見つかった──


怪物は胴を引き伸ばし息もつかせぬスピードで迫りくる。足を挫いている以上、迫りくる怪物がこちらに向かってくるのを凝縮することしかできない。いくら足掻いても逃れられない現実。恐怖に苛まれ思わず目を閉じてしまった。まるで音のない映画のようだ。

本来ならば人間の目では捉えれれないほどのスピードであることだろう。だが彼女にはその一瞬が永遠に感じられた。背負っていた胸元にバッグを抱きしめ、’’死にたくない’’と一心不乱に唱えながら。


(ごめんね、アマネっ……!! こんな馬鹿なお姉ちゃんで──)


淡い願いになって彼女の思いは砕け散った。怪物が彼女を目掛け食らいつく──。アスファルトの道路は粉々に砕け散り、あたり一面衝撃波が走る。刹那という間に怪物の頭が降着した地点を中心に地面が窪み、大規模な陥没が発生した。蔓延る砂煙の中、怪物の頭がゆっくりと上がっていく。そこから陥没地点に散じるアスファルトの破片。

やがて砂煙が収まった。そこには少女の肉片どころか血の一滴すら残ってすら残っていない。



そう、既に彼女の姿はなかった──…