雨を待つひと


櫻井音衣2020/07/22 07:23
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雨の日 あなたの世界で私は 透明人間になる。

雨を待つひと

ある雨の日に

そう。

私は知っていたんだ。


あなたが決して私のものにはならないことを。

あなたの目が、私ではない記憶の中の誰かを見つめていることを。


気付いていたのに、気付かないふりをして笑っていた。

心のどこかで、あなたを信じたいと思いながら。



「最近、よく降るね」


窓を叩く雨粒を眺めながら私が呟くと、あなたは、うん、と上の空で返事をした。


「もう少ししたら、小降りになるかな」


また、うん、と適当な返事。

雨が降ると、あなたは決まって遠い目をして上の空。

目の前にいる私のことも、見えていないみたい。


「雨、止むかな」


私の問い掛けは、あなたが返事をしてくれないと、ただの独り言に変わる。

雨の日のあなたの世界での私は、まるで透明人間。


「明日は晴れるといいね」


本当は知っているんだ。

雨の日になると、あなたがそわそわして上の空になるわけを。


雨の日に出逢ったあの人のことを考えているんでしょう?

お互いに気持ちを残したまま、確かな約束もできずに、雨の日に別れたあの人のことを。

雨が降る日には、あの場所に行けばあの人に会えるかもなんて、考えているんでしょう?


「雨なんか、キライ」


雨音しか聞こえない部屋で、あなたの世界から放り出された私の声は、あなたには届かない。


「雨なんか降らなきゃいいのに」


さよならと言って部屋を出る私を、あなたは引き留めもしなかった。



本当は知っているんだ。

あなたが、雨が降るのを待っていることを。

晴れた日も、あの人を想っていることを。


せめてあなたの部屋に私がいた跡を残したくて置いてきたのは、あなたがプレゼントしてくれた赤い傘。

あなたはもう、そんな事、忘れちゃったかな。


激しい雨の中、傘もささずにずぶ濡れになって歩く私の心を、あなたとの想い出がすり抜けて行く。


これからは、雨が降ったら、私の事をほんの少しでも思い出してくれるかな。

それとももう、この雨の中、あの人に会いに行ってしまったかな。


あなたの心に、私の居場所なんかないって、気付いてた。

どんなに頑張っても、あの人には敵わないことも。



濡れているのは、雨のせい。

頬を伝う雨の滴が、心なしかあたたかいのは、なぜだろう。


あなたが思い出してくれるなら、これからは私も、雨を待つ。


あなたのことを想いながら。




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