少女が抱く星座 ~A constellation owned by Fraulein~


kizaki_2020/08/05 14:38
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老年の主人公、銃撃戦、15m以下のロボットによる戦闘などの描写、要素が含まれます。 ※注意が必要です。 この作品は現在の科学法則に同期しないSF描写、人間の裸体を連想させる描写、流血を伴う暴力的または破壊描写が含まれます。また、投稿と完結は告知なく施行されます。 ―必要であれば貴方は作品を催促することが出来ます―

―Beginning― 始まり

「僕はね、この世界が好きなんだ。その辺を歩き回ってるだけなら、一つ雇われてくれないか?いずれ来るその時のために―――」


 俺の返事は、世界に響く爆音と、悲鳴に掻き消された。



 性別の違いなど意味をなさない。強いて重視されるとするのならば、幼い子供は大切にされた。

 合衆国が完全に分裂し、世界の覇権は共和国が握るかと思われた。

 しかしそれも政府と軍部の軋轢、それに加え各国の都市自治化に触発された市民により、大陸の東は太古の物語の再現となる。

 東に呼応するように西に位置する連盟の国家群も分解され、それぞれの国に存在する大企業が、それぞれの旗を掲げて次々に都市を国家から脱出させた。

 政府という存在が消失していく中、持ち主のいない核による国家間戦争の抑止はもはや意味をなさなくなる。結果、都市間による自由貿易と弱小自治区への侵略という戦争経済へ世界は移行してゆく。

 唯一国家としての形を残したのは大陸から少し離れたところ、文化的に独特な単一民族、それも島国たちが残った。特に極東は四季の中でウイルス、台風、地震、異常気象と度を越えて世界的に悪化していく中、食料自給と人口比を維持し残存国家として高い水準を維持していた。

 自国の体制を維持するので限界を超えている。そんな国が世界の行く先を先導することなど叶わぬ夢だ。


 かくして世界は崩壊を手にし、されど国家という存在の安住の地と呼ばれた極東の国で、大いなる戦いの設計図スクロールが作られていた。



 ―――ああ、腰が痛い。思い出しても俺が物心ついた時には地獄のような日々だった。自治区同士の小競り合い、企業同士の争いとなると悪魔が大地を抉っていた。

 戦車じゃ太刀打ちできない。ヘリや戦闘機を使うのならば、自治区じぶんたちの身を削る覚悟が必要になる。歩兵?そんな弱小戦力単位が戦場における最大公約数をひっくり返せるってんならそいつはヒーローか、また悪魔になるか―――。


 じゃあ悪魔になった少年の話をするか。手にした悪魔の名前はそれこそたくさんいる。生まれた場所が場所なもんで恐ろしい種類がわんさかいた。

 初めて世界に現れたそいつの名前は形式番号VNKD-G3-06Y knightナイト-Kathodeカソードと呼ばれてたな。

 俺が物心ついて戦場に立つころにはもう、K"ケードゥは旧式になっていてどんな弱小自治区でも1機は持っていたくらいだ。

 とにかく厄介なのがデカくて、そのくせ自治区を盾にして、早くて器用で何より……目が飛び切り良かった。

 少年は閃光弾を上げて目をつぶそうとした。だがあれは無意味な行為だと今ならわかる。

 光学カメラだけじゃなく、熱赤外線、サブアナログ処理カメラ、音響仮想モニター、距離感知ラインセンサー群、仮想3D戦術プログラムなにから何か。

 目を1つ潰したところで、変わりは幾らでもある。

 だが、幸運だったのは全く同じタイミングで自傷爆撃が行われたこと。その爆撃がK"ケードゥに直撃したこと。そしてK"ケードゥが盾になり自傷爆撃から生き延びたこと。

 なにより、はなっからソイツを奪う腹積もりで動いていたことだった。


 ―――その後の流れは今とさほど変わらない。華麗な同族殺しだ。

 変わっている所は今は優秀な後輩、というよりも戦場を荒らす新参者が表れているという子くらいだ。

 機体は脛には戦車を軽く凌駕するキャタピラの集合体が張り付き、それを持って膝立ちでスキーの様にアスファルトをかき分けていく。頭の無い尖がった胸の中で俺は悠々とモニター越しに物色していたかった。

 俺の乗っているK"ケードゥは由緒正しき市街地戦闘用白兵型多目的戦術有脚駆動兵器だ。

 肘から先は指なんて無い完全な武装ユニット。電磁加速装置が付いた突撃銃アサルトライフル型の対装甲銃。そして反対側には防御と破壊を兼ね備えた近接ブレード。長距離は背部の多目的パックでの対応、今は砲塔とミサイルパックだが、活動延長追加電池エクステンションバッテリーやECM装置の拡張や光学兵器による対空兵装とあらゆる局面を想定して持ってくることが出来る。

 だがかつての野暮ったい名前は変わり、この時代じゃ旧合衆国領域で改良された物が基本になっていく。さっき言ったご優秀な新参だな。

 Battle・EXpand・Employee・Suit ― BEXESベックス と、称されるその兵器。それを雇われ共が複数機で自治区を強襲。僅か10分そこらで防衛機構の突破と重要施設、守備隊の破壊を完遂し、残りを歩兵と輸送車両にて資源を強奪する、これが基本戦術だ。まさに畑を荒らす猪のような兵器へと規格を整えられ、世界中のいたるところで見るようになってしまった。

 始祖たる開発者から言わせれば純粋な活動領域拡張スーツ。いや、ロボットというものだが。

 完全自由貿易と略奪の世界構造では、企業の居ない自治区にとって畑を荒らす猪という存在だった。


 あぁそうだ、俺の記憶は今まさに終わろうとしている。 BEXESベックスがまき散らした対遊脚兵器用射出機雷に巻き込まれ、背中の砲塔が地面と熱烈なキスをしてやがる。だったらやることは一つだった。


「後ろを分離パージ跳躍しろジャンプ!!」


 コックピットで過剰な雄たけびを上げた。ボタンやレバーを引くよりも、今はコイツに頼る方が早く、確実だった。

 背中の向こうから物々しい排気と爆破音と共に、俺の内臓は下に押し込まれる。

 無機質な女の声が俺の城に響き渡った。


「多目的パック強制パージ。想定されていない跳躍を行っています。コクピット衝撃吸収アブソーバーが機能しない恐れがあります。衝撃に備えて。」


 足下のサブモニタで新参野郎、 BEXESベックスを確認する。腰についているサイドパックは機雷を射出し終わったままいつまでも口を開けていた。俺は脚部操作ペダルを踏み、急停止用ネイルペグに足を掛けた。

 K"ケードゥで最も強固な部位、脚部間接、人間でいう膝に当たる部位に取り付けられたブレーキが、新参の頭をかち割ったはずだ。


 俺の記憶は―――そこで止まっていた。






 ―――あたたかい……今両脇に感じる温かい温度、柔らかな感触は、俺の持っていた硬い操縦桿に過剰に冷却された機体に搭乗していた最終記憶と大違いだ。

 目を見開く、飛び起きる前に手先と足の指を動かして体の硬直を最低限する。目でとらえたのはよく見た金属製の天井、見たことない光学部品が隙間からチカチカと点滅している様子。少し目線をずらせば恐ろしく高級なシーツが視界に入った。


「シルク?天然素材か!?」


 驚愕の余り、俺は手をついて飛び上がろうとした。言い訳をするわけじゃないが、あの時は本当に混乱していたんだ。

 柔らかな……そう、人肌が俺を掴んでそれを阻止した。


「小父様?もう体の方は大丈夫なのですか。まだ時間はありますからもう少し寝て万全の状態であった方が良いと思われるのだけれど」


 甲高い女の声、知性を感じさせるゆったりとしたしゃべり方。細い腕にややほてりが見られる白い肌、それは滑らかで、荒れた俺の手のひらを若さでもって押しのけてみせる。金髪の髪に、その青い瞳は何処が出身なのかを主張していた。彼女の輪郭をなぞり、長い髪をまとめる金属製のバレッタに当たる。濃い緑の、チクリと刺すような鋭さを持っている柊の様な形だ。

 俺がK"ケードゥを手に入れてから、人の肌に触れたのはきっと20、30年で収まらない程、久しぶりの事だっただろう。

 いや、単に印象が無いだけなのかもしれない。これまでは治療するという行為だった。だから、肌に触れるという行為は、思えば初めての事なのかもしれない。


「ケダモノ!」


 背後から一声聞こえたと思えば、後頭部に激痛が走る。瞬間、数々の戦場の記憶が閃光のように、これがフラッシュバックというものだろう。

 その瞬間だけ、俺は埃臭い戦場にいて備品だらけのベストと肩には複合ライフルの重みを確かに持っていた。可笑しなほど柔らかい土に顔を埋める。視界に銃床で殴りつけた襲撃者の影が見えて、咄嗟にソイツに飛びつき手首を掴み体を捻って関節を歪める。勢いそのままに自分の体重をソイツに乗せ、床に沈めた。


「痛いわ!離して!」


 その声で俺の視界が過去の記憶から切り離された。俺が拘束したのは銃を持った襲撃者じゃない、女だった。

 今にも折れてしまいそうな腕、白いエプロンに黒いドレスから甘ったるい香りが漂う。レースのヘッドドレスで黒く艶めく髪がまとめられ、低い鼻と暗い瞳、幼さを感じさせる輪郭が良く見えた。


「はやく、離れてください!このケダモノ!お嬢様だけでなく私まで手にかけようなどと見境の無い!解凍早々で盛りついた猿ですか!」

「いや、すまない。そんなつもりじゃなかった」


 俺は彼女から離れ、部屋を見回す。シルクの布に仰天してしまったが、部屋自体はあの頃に比べより無機質なモニタールームのような物だった。幾つもの有る有機モニタには画面越しでもわかる冷気に包まれるカプセルの列がいくつも同じように映っている。お嬢様と呼ばれただろう彼女のバレッタが手元に置かれたアームに着いたディスプレイには、何かのリストが表示されていた。

 俺だ、リストには俺の情報が記載されていた。ただ、空欄になっている名前を除いて。


「アン、小父様に失礼ですよ?私の使用人が失礼をしました。お身体の方はもう動くようですね」


 彼女はこの部屋に備え付けられていた仮眠ベットからシルクの布を持ちながら立ち上がった。

 先ほど俺を殴打して罵声を浴びせたのはアンという使用人。

 使用人など珍しいものでは無い。国家無き自由貿易経済が生んだのは枷の無い完成された階級社会だ。雇用者と労働者の関係、両社の間に形だけでも平等を作っていた国という者が、どれほどのものだったのだと考えたことも無い。

 俺が見てきたのは上位者が生活の保障を約束し、あらゆる命令を聞かせている様子だけだ。側近にする使用人など外見の良さを買われ、とりわけ良い服を着せられていた人形だ。

 特に彼女が来ている服は支配層が好んで着せていた伝統的な給仕服、俺はこの時点で違和感という物は一点しか持ち合わせていなかった。そう。


「解凍と言っていたな、俺は冷凍冬眠コールドスリープさせられていたのか?」

「ええ、そうですよ。冷えた体温には人肌が一番良いとあったので温めていましたが、上手くいったようですね」

「お嬢様、それは恐らく関係ありません。それより早くお召し物を」


 不可解だった、彼女が俺を温める云々では無い、それは単純に彼女の経験不足からきている勘違いだ。

俺はモニター前にあった椅子を引っ張り腰かけた。

 謎は俺がいつ、冷凍冬眠コールドスリープなどという高級な装置に放り込まれたかだ。

 冷凍冬眠コールドスリープ装置など面倒極まりない。これを巡って幾度となく雇われ、その度に危険極まりない連中と対峙してきたものだ。

 金に物を言わせ、時には一つの戦場に20体を超えるK"ケードゥ……いや、あの頃にはもう大半が遊脚機動兵器に置き換えられひしめき合っていた。

 ビルを曲がればBEXESベックスが、その上歩兵や戦車などが道端に溢れて鬱陶しい戦場。目標は互いに傷つけられないから過剰な威力の武装は展開できないもどかしい戦場など、二度と御免だ。

 だが、心当たりがあるとするのならば。俺が最後に戦った戦場はかなりの規模だった、それこそ戦域レーダーには少なくとも21機。ならあそこには―――。


「あなた、お嬢様がお着替えになられているのです。目をそらすこともしないのですか?

「ん?いやすまない、聞いていなかった」

「アン、そう声を荒げる必要も無いですよ。見られて損失が起きるわけではありませんから」


 彼女は着替えていた。使用人は慣れた手つきで下着を着せ、白い腰巻のような物、フィルムの様に薄く透けた上着、白いレースが付いた黄色いドレスと着せていく。

 女性の着替えは珍しいものでもなかったし腐るほど見た。それでも支配層が着る衣装というのは自分が着ていた耐衝撃スーツなどに比べて、違った面倒さが有るモノなのだと見ていた。


「お嬢様は気にしなくても私が気にするのです!あなたもいつまで裸でいるのですか、愚か者!猿!ケダモノ!」

「そうでしたね、こちらがお召し物です。どうぞ、間に合わせの物ですが、何もないよりはずっといいはずです。それと小父様のお名前は何とお呼びしたら良いでしょう?」


 彼女はシルクの布を俺に渡してきた。その間も使用人は器用に着替えを行い続ける。

 俺がシルクを握るとスパスパと勝手に切れたと思えば頭を通せる程の穴が見えた。おもむろに穴に頭を入れると急激に布が体に巻き付いてくる。

 手触りは輸送経験のあるシルクそのものだったが、その布は化けの皮を脱ぎ捨てるように色を変え、繊維の配列を変えた。腕の手首から足の指先まで絡んでくるものだから、俺はバランスを崩して椅子に座り着く。

 筋肉が引き締められ、気怠さがあった体が軽く感じる。まるで装甲ジャケットや弾薬ポーチをつけろと言わんばかりのガイドライン、灰色のボディスーツには俺自身の筋肉とは別の何かが浮き出ていた。


「なんだこれは……勝手に体に巻き付いて、色まで変わってるぞ?オプションがあるのか!?」

「伸縮型の宙空間行動スーツです。ヘルメットと生命維持ジャケットを身に着けるだけで宇宙にも行けますわ」

「宙空間?宇宙服って事か?!何でそんなものを持ってきたんだ?」

「ご存じないのですか?確かにオーダーメイド型は珍しいかもしれませんね。屋敷にあなたに合う服が無かったのです。さて、服も整った事ですから。」


 着替え終えた彼女の姿は少し裕福な娘と言ったところだ。これくらいの身なりなら自治区の統治責任者の娘でももう少し派手な服を着ていると、そう思った。

 一呼吸し、真剣な眼差しでドレスの端を摘み、一礼する。


「解凍者、第128自治区統治責任者、オクト家当主、ローズ・A・オクトと申します。小父様、貴方のお名前は?」

「たいそうな名前だな。俺の名前は……」


 ふと、モニターに映った自身のデータが目に入る。自分が参加してきた戦闘、操作してきた兵器軍のリスト、所属してきた自治区。どれも、恐ろしいほどに正確だ。しかし致命的な事に名前だけがすっぽりと抜け落ちている……まるで、背負う者など何もないと、俺を語る者は誰もいないと。


「俺の名は……ジョン・ドゥだ。何の為に俺を起こした」

緊急時エマージェンシー対応規定プロトコルに従って問題解決デバッグが可能な人物を選択しました。というのは建前ですわ。ジョン、あなたには私の願いを叶えて欲しいのです」

「なるほど、具体的には何を?」

「予定では旧世代の有脚兵器、 knightナイト-Kathodeカソードを操作して当面は管理機構のBEXESベックスを排除していただきます」

「なるほど。物騒なことだが、いつもと変わらんな……」


 どんな無茶ぶりを依頼されるかと少し緊張したが、やることは全く変わりのないことだ。

 俺が安堵した時、事態は急変した。

 天上に電流が流れ光が散乱する。爆発音と共にダクトのカバーが弾けた。空気口から2本、いや4本のアームが伸びて来る。


「お嬢様、撤退しましょう!想定よりシステムの復旧が速いです!」

「そのようね。ジョン、私たちについてきて!抱えてアン!」


 使用人はローズを抱え走り出す。細い通路には何人かすでに人が倒れていた。彼女らに付いていく片手間に拳銃を拾い武装する。

 追手の影は細い人影、頭が無く曲線的な装甲を持つ。二本の腕に四角い箱を持ち、それを手前に突き出しながら追いかけてくる。

 早速拾った拳銃のトリガーを引いた。内部の撃鉄が弾丸の尻を叩き、爆発に押されライフリングを通って発射される。生き傷をつけた弾丸がBEXESベックスを彷彿させる人モドキに着弾するが、装甲の材質によるのか、はたまたBEXESベックスの対物曲線装甲をそのまま継承しているのか。発射した10発の弾丸はどれも致命傷にはならなず、通路に跳弾した軌跡を見た。

 全くの無傷のはずだが、ソイツは急停止した。


「なんだあのBEXESベックスもどきは!?自立ロボットか!?」

「馬鹿者!正真正銘の無人型BEXUビークだ!貴様の発砲でたった今先頭モードに切り替わるぞ!この猿!」


 小型のBEXUビークは手に持っていた箱を捨てた。太い指はその皮をぼろぼろと落とし、鋭い爪を伸ばす。ゆらりと前傾になると細い足を前に出して走る。BEXESベックスには旧式と違い移動方法のアプローチがとにかく多い。有脚キャタピラはもちろんホバー型、スパイダー型、車両型、そして最も厄介な直立二脚型だ。

 第二世代型K"ケードゥの対G構想を受け継いだ高速軌道。より素早く変則的なその機体、一度止まれば、また先ほどのような加速を取らなければならないが、今は止めることのできない脅威だ。

 アイツがハンドアーム型のBEXESベックスだとすれば、腕部内蔵火器があるはずだ。脳裏には新参野郎の設計値性能がよぎり俺は舌打ちした。


「心配には及びませんわ!15m先にエレベーターです。それで一気に予備格納庫にアクセスできます」

「だが、その前に撃たれるぞ!」


 アンに抱えられたローズの手のひらには柊の様な緑のバレッタが空間投影機となって施設の構造を映していた。見たところ上が格納庫、その上の層をさらに超えてこの施設を脱出できるようだ。

 だが、BEXUビークの腕、内蔵火器の銃口は俺たち三人をすでに捉えている。

 軽快な破裂音が通路に響き渡る。俺は腕の一本二本を覚悟して彼女らを背にし、腕で頭と胸部を隠した。視界の端に緑色の物を認識するまでは死も覚悟していた。

 投げ込まれたローズのバレッタは空中で高速回転して奇怪な軌道を取る、BEXUビークの内蔵火器をから飛んできた弾丸を全てはじき返し、本体めがけて爆発、白いスモークを炊いて粉々になった。

 間一髪でエレベーターに入り奴から逃げる。


「おい、さっきのは?」

端末コンソールは二つありますけれど、あと一度しか凌げませんわ」


 そう言って髪留めだと思っていたそれをもう一枚、いや、彼女の髪についている物で合わせて二つ。


端末コンソールと言ったか?あれで?弾をはじいてスモークを出して、おまけに地図まで出したそれが!?」

「アレはおまけ機能ですわ。本来の機能は別にあります」

「本来の機能だと―――」


 エレベーターが到着を告げる。ゲートが開き、見上げるほどの鉄の巨人がずらりと並んだ格納庫。本来のサイズのBEXESベックスが、その腕部と足を折り畳んだ格納状態で俺たちを迎える。

 先ほどの様相から生身で逃げるのはもう限界だろう。この空間でもう一度あの小型に襲われればどうなるか。さっきは一方通行で狭かったから応戦してみたが、ここでは絶対に出来ない。

 広い空間と遮蔽物。それはBEXESベックスの戦闘を活かすフィールドで、有り余る機動力を持って敵の死角に潜り込み粉砕する。特に新型のBEXESベックスは遮蔽物越しに敵を破壊できる攻撃力、或いはそれを利用、覆しうる器用さを持っている。

 訳が違う。ここは彼らの庭で、俺達はそこに迷い込んだ野兎と言って差し支えない。

 

「お嬢様、これからどう脱出いたしますか?」

「あの装甲、通常の火器じゃどうにもならないぞ。ここからの作戦は?」


 手に持っている拳銃はただの飾りに等しい。これよりも奴の配線コードを切れるかもしれない斧などのほうがよっぽど役に立つ。

 どうやって外に出るのか、俺はローズにその手立てがあるのか問いただす。


「そうですわ……ではもう一度凌ぎましょう」

「だからどうやって?」

「チャンスは一度しかありません。ならば、そのチャンスを長く、大きくすればよいのです」

「まさか、お嬢様それ余りに危険です!」

「アン、心配ないわ。幸運なことに私たちには百戦錬磨のパイロットがいるのだから。少し早いけど小父様の相棒を見繕って差し上げますわ」

「まさか、ここのBEXESベックスを使うのか?」


 ローズは俺の手を取り、格納庫へ駆け出す。すぐ目の前にあるBEXESベックスを無視して奥へ。

 施設内に赤いランプが点灯し、耳をつんざくサイレンが鳴り響く。今にも兵士の靴音が聞こえてきそうで、頭の中では勝手に過去の戦場の音と、今聞こえている彼女達の息遣いをミックスし始めている。

 破壊することしかしなかった、未だに俺の中では新参者、最新機種の位置に就いているBEXESベックスに目をやりながらローズに着いていく。


「いたぞ!侵入者だ!」

「パターンB5戦闘!射撃ファイア!」


 俺の想像が現実となる。俺と同じようなスーツを着た兵士たちの第一声と同時に、ローズを自分の背に回す。激流のような急激な動きだった。だが、彼女は俺の荷重と共に、舞うように俺の後ろへ導かれる。

 兵士達の号令を乱すように、今日だけは撃ちたがりの新兵となる。先走る腕が彼らよりも先に引き金を引いた。

 弾丸は3発と2発。1人に太腿、腹、少しだけ露出した首元。もう1人へ喉から額に向けて。

 初めの狙いは完璧だった。無力化には過剰だったが、彼は床にうずくまり首から血溜まりを作り始める。

 2人目はそう上手くいかなかった。肩に痛みが走り、片手で持っていた拳銃を両手で構える。痛みで残り少ない弾丸を外すわけにもいかない。

 瞬時に腰を落とし、膝とつま先と、もう一本の足。3点で支えられた体とその両手で構えられた拳銃。精確に引かれた射線を通り、弾丸は眼球と、その奥の組織を破壊する。

 だが、小さくなってしまった遮蔽物が問題だった。俺の後ろにいるローズの姿が露わになる。


「お嬢さま!」


 アンの声は、悲痛な叫びになって、飽きるほど聞いた肉が千切れる音と共に俺の耳に届いた。

 静まり返った格納庫が何処までも伸びていくような気がした。

 後ろを振り返る。ローズの淡い黄色のドレスは、真っ赤に染まっていく。きめ細かなレースは、血が染み込み既に赤というより真っ黒にも見えた。

 そんなローズに覆いかぶさるように、アンが震えながら力いっぱいローズを抱きしめていた。

 悲しみではない、彼女は痛みに震えていた。


「お嬢様……御無事で何よりです。」

「アン!血が、溢れて……」


 ローズは言葉を失いかける。俺は駆け寄り彼女達を抱きかかえ、走り出す。

 酷く軽い少女達、足早に先程までローズが走っていた先へ向かう。

 何故、すぐ隣のBEXESベックスでは駄目だったのか。答えは、俺の瞳に写るコイツが物語っていた。

 その背に載せた多目的パックと全身に施された装備を見れば、如何にこの機体の特性を知らなくても理解出来るハズだ。

 抱えていたローズをおろし、負傷したアンをしっかりと抱えなおす。器用に足でハッチを開け、突き出したコクピットに乗り込む。


 俺が愛用していた旧型のK"ケードゥではモニターは前に上下2枚、左右、そして天井側の戦域情報デバイスと下のサブモニターで6枚もあった。

 だが、これはぐるりと180度。半球状の1枚のモニターが張り付き、手元と、股に挟み込むようなアームにサブモニターがある。

 K"ケードゥにはモニターの繋ぎ目が死角になり、表示される情報も過分であった。しかしこの新型には必要な情報が適切に、その都度表示される。

 慣れた手付きで起動すると、視界をそっくりそのままにしたシンプルな映像が写る。手元のモニターには現在の装備についての詳細がスクロールされ、股のサブモニターにはデータベースと同期するゲージがぐりぐりと進み始める。


「パイロットの生体データ複数、内1名バイタル低下中。シート後方の医療パックを使用してください。」


 補助コンピュータのアナウンスがコックピットに響き、現在の状況に対して指示を出してくれた。


「これですわね!アン、こちらへ」

「お嬢、様……」

「ありがとう、守ってくれて。」


 アンを座席の後ろへ連れ、ローズが後ろで治療を始めた。

 モニターの端には3体の小型BEXUビークと10人程の兵士が映る。時間がない、彼らが気が付く前に起動できなけば、最悪ここが棺桶になる。

 俺は慣れた手つきで起動チェックリストを始め、この機体に搭載された補助コンピューターと会話する。


「お前さん、いやコンピュータ。この機体の形式は?」

「機体形式番号BEXS6-25-R。現在フライトパックオプションを装備しています」

「飛ぶのは知ってる。それでお前は?」

「私は学習型半自動戦闘サポートユニットです」

LTHBSUルチブス……いやレスだな。LSUレス!」

「承諾しかねます。起動チェックリスト完了。パイロットデータを照会します

「初乗りだぞ?照会するデータなんざ……」


 戸惑う俺に、後ろから手が伸びてくる。初めに見た彼女の美しい腕は従者の血に汚れ、柊の葉の意匠をもった棘が立ったバレッタ型のデバイスを俺に渡してきた。


「どう使えばいい?」

「画面にかざしてください。それでハッキングして、パイロット照会を飛ばして無理やり戦闘モードに切り替えます」


 言われた通りにソレをかざす。画面がちかちかと点滅すると、シンプルでわかりやすい残弾表示や敵と味方の数がメイン画面に映る。

 待機中の見方機の数を見てこれらがすべて動き出したらと思うと背筋が震える。モニターに映る兵士たちは俺が無力化した兵士に駆けつけて周りを警戒している。

 3機いる内の2機、小型のBEXUビークがこちらに迫る。アンの血痕を追跡したの明白だった。

 俺は声に出すことは無く、手元のデバイスで戦闘モードに切り替える。スティック型ではない球体型の操縦桿を手にし、鋼の巨人を動かした―――。

 胸を起こし、コックピットにわずかな荷重がかかり、立ち膝になるBEXESベックス

 モニターから見る光景は8m以上はある。ローズお嬢様はわざわざ旧型の戦闘スタイルに近い歩行タイプを選んでくれたのだ。

 踏み込んだペダルと共に、けたたましく脛に張り付いたキャタピラが起動して有り余る質量で片方の小型を廃棄物スクラップにする。

 生き残ったもう片方は無人機だけあり、コックピットハッチに目掛けて瞬間的に飛び上がってくる。

 だが、なにも無人機のアドバンテージが有人機に無いわけではない。警告音と共にBEXESベックスの指腕部が小型をすでに保持する。


「見方機を保持ホールドしました」


 俺はレスのアナウンスを無視する。レバーの動きにあわせてモニターのターゲットマーカーが最後の1機に合わさる。

 戦闘モードの起動と共に外された安全装置セーフティ。保持された味方ごとマーカーの機体を撃ち抜いた。

 そのまま腕に内蔵された火器で歩兵を薙ぎ払う。着弾と共に炸裂し、爆発と破片が彼らを襲う。対装甲兵器を想定した火力であるため、集団に1発撃ち込むだけで歩兵隊としての機能を失う火力がある。

 事実、6発撃ち込んだ後には、床が捲り上がって施設の配線どころかその下の階層まで穴を開けていた。


「小父様、すぐに上へ!ハッキングはそこまで時間が持ちません!」

「わかった!」


 直上に向けてBEXESベックスの両腕を掲げる。指を開き、手のひらに存在する銃口からありったけの弾丸を発射する。

 天井に円を描く。爆発と共に金属の瓦礫が千切れ落ちていく。開いた穴に夜空が見えた。


「直上する!どこまで飛べばいい!?」

「どこまでも上へ、あの輝きまで飛んでください!」


 ローズは画面の映る、特に煌めいた5つの星を指さした。


「星座?カシオペアか」

「ご存じで何よりですわ。星座でいう中央の星に向かって飛んでくださいまし」


 BEXESベックスの背部、それと肩と腰のジェットパックが唸り声を出し、空へ跳びだした。

 穴を超えると、夜の暗さを感じないBEXESベックスが地上の光景を映した。そこは余りにも短い地平線を埋め尽くす隔壁の平原だった。

 ぞっとした。山も無ければ海も無い、彼方には何処までも開閉可能な隔壁が存在するばかり。

 ローズが貸してくれた柊型のデバイスから、電子音がピーピーと鳴り始める。


「そろそろ時間切れになりますわ。もっと出力を上げて、重力圏を離脱してください!」

「馬鹿なことを言うんじゃない!この機体でそんなところまで飛べるわけないだろ!」

「いえ、すぐに私の自治区に到着しますわ」


 そんな言葉は知識と経験の乖離からきていると思っていた。だが、俺の体が感じる違和感に、モニターに表示されているあの星座に、徐々に理解を深めていく。

 俺の臓物がふとその場に漂うような感覚、迫りくる事実に脳が拒否反応を起こす。


 デバイスの電子音がピタリと止み、LSUレスと名付けた補助脳が俺に告げた。

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