p-man2020/08/07 23:33
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「ただいまっこり呑んで身体が火照った立花家嫡男が今ここに参上!」

 僕はポカポカと暖かい顔に満面の笑みを浮かべて、リビングの扉を思い切り開いた。

「あぁ憂うわぁ。なんでこんなんがウチの長男なんだろう」

 ボソリと呟かられた罵倒もなんのその。

 僕はその罵倒の発生源を発見するや否や、呼気にアルコールを含ませながらその息を発生源に吹きかけるまでの位置に腰を下ろす。

「くっー! このツンデレ妹め! 3歳年下の高校3年生。華の女子高生を謳歌しつつも、文武両道を地でいく自慢のモデル体型黒髪ロング色白貧乳のマイシスターよ!」

 抱きつこうとする両手をペンペンとはたき落とされる。

「ご説明ありがとう。この脳漿炸裂お兄ちゃん。3つも歳上の癖にその威厳は皆無。そこそこ地域で名の通った大学に入学しながらも燻り続けて21年。美人の妹と変人だけど可愛い彼女がいる事だけが取り柄の黒髪短髪短足最近下腹ポッコリの血縁疑うレベルな我が家の長男よ」

 心ってなんだろう?

 僕は酔った頭で必死に人間の尊厳を考えながら妹が差し出したお茶を受け取り、一息つかせていただいた。

 あ、てか優しいこの子。

 なにこの子どこの子? あ、うちの子か。

「なんで明日も平日って夜中に酔っ払って帰ってきてるの? のほほん大学生」

「ふふふ。それはサークルの今期目標が決まった打ち上げの後だからだよ。神経過敏な受験生」

「おい、立花宗則。富江さんたち寝てるからあんまり大きい声で喋るんじゃないよこの万年親不孝長男」

「まあ、そう言うなよ立花凛。兄貴の帰りが遅くて心配な為、リビングでお勉強して待っててくれてる兄想いな末っ子長女」

 テンポ良い応酬を展開しながら妹は参考書に目を落としつつノートに要点を記入。

 兄はそれを見てテレビのリモコンに手を伸ばし、電源を入れた瞬間に音量を下げる思いやりを見せる。

「残念ながらリビングが落ち着くアンド冷蔵庫なる文明の利器が側にある快適空間な為ここにいるのだよ」

「そう言う事にしといて差し上げよう。んで? お勉強は捗っているのかい?」

「確実に貴方の大学には余裕を持って入れるくらいには捗っているわねえ」

「あぁ捗りすぎだなそりゃあ。ハーバード狙う気か?

立花家か疑うレベルまである」

「ハーバードはちょっとチャリでは遠いから近くのなんちゃって大学に通ってやろうかなと思ってる今日この頃」

「翻訳するとお兄ちゃん大好きだからおんなじ大学行きたいの! はーと。ってことでおけ?」

「言語違うから何言ってるかわからないけど訂正するだけ時間の無駄ってことはわかる」

 一通りコミュニケーションをとった僕たち兄妹は、その後各々の作業に熱中し始め無言になっていく。

 僕は昨今の日本を憂うために、深夜の情報番組を念入りにチェック。

 妹は先程までと変わりない工場作業のように、一貫した動作の応酬。

 人1人分空いた間隔で1つのソファに座って各々の自由に無干渉な兄妹は、それを苦痛とは感じずむしろ心地よい空間として認識していた。

「なんか無駄に兄妹愛感じてそうな顔してるけどそこそこ存在がノイズだから」

 流石は兄妹。

 意思の疎通も言語を介さない。

「くーっ! 辛辣ーっ! ねー? ギンちゃん。お姉ちゃんは人間の皮を被った鬼でちゅねー」

 僕はいたたまれず、もう1人の愛する妹の顔をこねくり回す。

 足元で僕が帰ってきたのを薄めで確認していたギンちゃんはスヤスヤと眠りにつこうとしていたが、僕の突如とした愛情表現にモヤっとした顔を一瞬浮かばせながらも、すぐさまにフニャフニャと顔面の筋肉を緩めご満悦。

「ギン。アンタも嫌な時は嫌がっていいのよ? 甘やかすと付け上がるわよこの男」

 視線を此方に向けず辛辣さは変わらない長女に、まぁまぁと言わんばかりに視線を少しばかり送る次女。

 めちゃくちゃ可愛いその垂れ目は、癒しの効果を含有しており、見たもの全てをトロけさせてしまう魔性がある。

 綺麗で艶やかなクリーム色の体毛。

 シャープでスラッとした洗練されたスタイル。

 我が家の愛犬、ラブラドールレトリーバーの立花ギンちゃんはこと立花家において、誰からの愛も独占する至高の存在なのである。

「妹2人に出迎えられていたこの状況にムネリンは幸せ以外の感情を持ち合わせられない」

「そらようござんした。ギンがダメンズ好きなのは姉としてとても心配なところではあるけどね」

 とろんとした表情のギンに、凛はチラッと視線を送り頬を綻ばせる。

 凛の発言通り、ギンは少しばかり僕を溺愛し過ぎている節がある。

 まさかの僕よりも勝る愛を無償で捧げてくるギンは、勿論他の立花たちにも愛をもって接しているのは火を見るよりも明らかだが、それでも傍目から見れば明らかに僕を中心に世界が回っているのが見て取れる。

「長女のツンを次女がカバーする。上手くできてるな世界」

「姉妹揃ってないとツンデレ成り立たないとか言ってて辛くないの?」

「揃ってないとか考えたくないからやめて。二度とそんな悲しくなる言葉を紡がないで。マジその世界線は、死んでも変えるわ」

 果てしない拒絶を受ける兄な僕。

 しかしこうした日常もまた僕は客観的に見て、微笑ましく涙が溢れそうになる。

 情緒どうなってんだ? と、自身で思いながら酔いが覚めていい具合に眠くなった目を擦り、腰をあげる。

「さあて嫡男は寝るとするかな。勉学も程々にな凛。ギンはそのまま伸び伸びと生きよ!それで世界は救われる」

「はいはい。早よ寝れ」

「グッナイ。愛しのシスターズ」

 言いつつリビングのドアに手をかける。

 上目遣いで見送るギンに後ろ髪を引かれながらも眠気には勝てず、リビングを後にする。

 出てすぐ横に聳える暗い階段をトコトコと登り上がった先にあるドアに手を掛け開く。

 そこには若干のむさ苦しい匂いに塗れた安息の地が存在していた。

「グッナイ世界。今日もまた幸福でしたサンクスゴッド」

 僕はそう呟いて傍らのベッドに倒れこんだ。